第26話「迫る赤眼の魔将」
「見えてきました、ギアラ砦です」 護衛兵の声に、俺は馬車の窓から顔を出した。三日間の長旅の末、ようやく目的地に到着する。 霧がかった山々の間に、灰色の巨大な要塞が姿を現す。ギアラ砦——西方国境を守る重要な防衛拠点だ。高い城壁と複数の塔、険しい山道を通ってのみアクセスできる自然の要害。 「難攻不落と言われる砦ですね」 馬車の中でセリシアが地図を広げながら言った。 「確かに地形的には守りやすい。だが、それはラドルフも承知の上で来るということだ」 馬車は砦の大門に到着し、一行は厳重な警備の下、中へと案内された。 砦の中は活気に満ちていた。防衛の準備が急ピッチで進められており、兵士たちが武器や物資を運び、壁の補強作業を行っている。民兵も動員されており、老若男女問わず砦の防衛に参加しているようだった。 「エストガード補佐官、お待ちしておりました」 現地の指揮官、グレイスン大佐が出迎えた。壮年の男性で、風格のある身なりだが、顔には疲労の色が濃い。 「状況を説明していただけますか?」 グレイスン大佐は本部へと案内しながら話を始めた。 「三日前に偵察隊が帝国軍の大規模な部隊移動を確認しました。彼らはギアラ砦に向かっているのは間違いありません」 本部に着くと、大きな作戦テーブルの上に詳細な地図が広げられていた。 「帝国軍の推定規模は?」 「四千から五千。重装歩兵を中心に、騎兵隊と弓兵も含まれます」 「こちらの戦力は?」 「砦の常駐部隊が八百。あなた方と共に到着した増援が三百。そして民兵が約五百」 数で言えば完全に不利だ。しかし、強固な砦を守る側には有利があるはずだった。 「物資の状況は?」 「食料と水は二週間分。矢と投石用の岩石は十分。しかし、医療品はやや不足しています」 セリシアが地図を詳しく調べながら質問を続けた。 「砦の弱点はどこですか?」 グレイスン大佐は少し躊躇したが、正直に答えた。 「西側の壁は他より低く、そこを強化している最中です。また、北側には小さな水路があり、非常時の水の確保に使いますが、敵に発見されれば侵入路になり得ます」 「わかりました」 俺は地図に目を通しながら、頭の中でラドルフの動きを予測していた。彼なら、このような状況でどう攻めてくるか? 単純な正面突破では難しい。彼は必ず何か策を持っているはずだ。 「大佐、民間人の避難は?」 「既に完了しています。砦内に残っているのは志願の民兵のみです」 「良かった」 俺は少し安堵した。少なくとも民間人の犠牲は避けられる。 「では、防衛計画を立てましょう」 作戦テーブルを囲んで、詳細な打ち合わせが始まった。グレイスン大佐の経験、セリシアの分析力、そして俺の戦術——それらを組み合わせて最善の防衛策を練る。 *** 「西側と北側の補強は順調です」 翌朝、砦の壁の上から防衛準備の進捗を確認する。夜通し作業が続けられ、弱点だった部分が着実に強化されていた。 「エストガード殿」 振り返ると、フェリナが立っていた。彼女は情報分析のために同行していたが、昨日は疲労のため休んでいた。 「フェリナ、体調はどうだ?」 「大丈夫です。それより、これを」 彼女は小さな巻物を差し出した。 「偵察隊からの最新報告です。ラドルフの部隊はあと二日で到着する見込みとのこと」 「二日か……それまでに準備を終えなければ」 「それと、もう一つ重要な情報があります」 フェリナの表情が真剣さを増した。 「ラドルフの部隊構成ですが、通常の構成とは異なっています。重装歩兵が多く、包囲用の装備も目立ちます」 「包囲作戦か……」 俺は思案した。ギアラ砦のような要塞に対しては、短期決戦より長期包囲の方が効果的だ。物資を断ち、内部から崩壊させる戦法。 「もう一つ。彼は『特殊部隊』も率いているようです」 「特殊部隊?」 「はい。彼が直々に訓練した精鋭で、普通の兵士とは装備も戦法も異なると言われています」 俺はフェリナの情報に感謝し、即座にセリシアと共有した。 「ラドルフの特殊部隊……聞いたことがあります」 セリシアは記録石を取り出し、過去の報告書を参照した。 「彼らは『影狩人』と呼ばれ、主に潜入や奇襲を得意とします。普通の兵士では太刀打ちできないほど訓練されています」 「北側の水路……」 俺は直感的に理解した。ラドルフは表向きは包囲を仕掛けつつ、特殊部隊による内部からの破壊を狙っているのだろう。 「水路の警備を強化しよう。信頼できる兵士を配置して、24時間体制で監視する」 セリシアは頷き、すぐに命令を出した。 「あと一つ、我々の情報収集体制を見直したい」 「どういうことですか?」 「ラドルフの戦術をより正確に予測するため、タロカ牌を使った『流れ』の可視化を試みたい」 セリシアは少し驚いた表情を見せたが、すぐに理解を示した。 「タロカによる戦術分析……面白い試みですね」 俺は小部屋を用意してもらい、そこに木製のタロカ牌を模した石片を配置した。それぞれの石片はラドルフの部隊や動きを象徴している。 「これで『流れ』を読みやすくなる」 フェリナも興味深そうに見ていた。 「これがあなたの『読み』の秘密なのですね」 「ああ。タロカや麻雀では、『牌』の配置で流れを可視化できる。戦場でも同じことができるはずだ」 ...