第16話「勝ち続けた代償」
「エストガード補佐官の作戦により、東部国境第三地点での帝国軍の侵攻を阻止、敵に大打撃を与えることに成功した」 北方軍司令部会議室で、参謀長が続報を読み上げていた。会議テーブルの周りには高級将校たちが座り、中央の地図を見つめている。そして地図の向かい側、アルヴェン将軍の右手側に座っていたのは俺だった。 「これで三連勝だな」 将軍は満足げに頷いた。正式な補佐官に任命されてから一ヶ月、俺の戦術提案は立て続けに成功を収めていた。西部丘陵地帯での伏兵作戦、北部砦での偽装撤退、そして今回の東部国境での誘導戦術。いずれも「流れを読む」戦術が功を奏した結果だった。 「エストガード殿、素晴らしい成果だ」 一人の中佐が声をかけてきた。彼は以前、俺に批判的だった保守派の一人だ。だが今は、表面上とはいえ、一定の敬意を示すようになっていた。 「ありがとうございます。しかし、現場で指揮を執った将校と兵士たちの功績です」 謙遜しつつも、俺は内心で満足していた。かつては「お飾り」と蔑まれた自分が、今や実質的な戦術参謀として認められつつある。それは「タロカの流れ」を戦場に応用した結果だった。 会議が終わると、セリシアが近づいてきた。彼女との関係も良好で、情報分析と戦術立案で協力関係を築いていた。 「エストガード」 「どうしたんですか、セリシア少佐」 「少し話があるわ」 彼女は人の少ない廊下へと俺を誘導した。 「あなた、勝ち方を知ったわね」 「はい、ようやく」 「でも、勝ちに慣れすぎていないかしら?」 彼女の問いかけに、俺は不思議そうな顔をした。 「どういう意味ですか?」 「最近のあなたの態度よ。会議での発言、他の将校への対応——少し高慢になっていると感じるの」 「高慢?」 その言葉に、俺は少し不快感を覚えた。 「私は単に自信を持っているだけです。それに、結果は出していますよね?」 セリシアが問いかけに触れたとき、俺の心には少しの動揺が走った。確かに最近の俺は少し調子に乗っていたかもしれない。麻雀でも勝ち続けると読みが甘くなる。前世でもそういう経験があった。でも今は違う。俺は成長している。 「そうね、確かに結果は出している」セリシアは冷静に言った。「だからこそ、言いたいの。勝ちに慣れすぎると、緊張感が薄れる。それが最も危険なのよ」 「大丈夫ですよ。私は常に慎重に計画を立てています」 「そうかしら? 仮想演習では、あなたはますます大胆になっているわ。そんな戦術は、本当の戦場では通用しないかもしれない」 俺は少し苛立ちを感じた。確かに最近の戦術提案は大胆になっていた。だが、それは自信からくるものであり、実戦でも確かな効果を上げていた。 「勝ちに慣れたらまずいのですか? 勝てばいいんでしょう?」 思わず強い口調になってしまった。セリシアは少し驚いたような表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻した。 「私はただ忠告しているだけよ。受け入れるかどうかはあなた次第」 彼女はそう言って立ち去った。俺は廊下に一人残され、わずかな罪悪感と反発心が入り混じる感情を味わっていた。 セリシアの言葉は心に引っかかった。彼女は何かを見抜いているのかもしれない。だが、連勝の快感に浸っている俺には、その警告が十分に届かなかった。 (セリシアは余計な心配をしている。俺は勝ち方を知ったんだ) そう自分に言い聞かせながら、俺は自分の執務室に戻った。 *** 「ところで、エストガード補佐官」 夕食時、軍の食堂でスパートン少佐が話しかけてきた。彼は最近俺に好意的な態度を示す将校の一人だった。 「次の大規模作戦ではどんな戦術を考えているんだ?」 「まだ詳細は固まっていませんが、おそらく『流れの誘導』が基本になるでしょう」 俺は少し傲慢な調子で答えていた。自分でも気づいていたが、最近は少し優越感を持って人と接することが増えていた。特に以前自分を蔑んでいた将校たちに対しては尚更だ。 「流れの誘導? タロカの用語かな?」 「はい。敵に特定の行動を取らせることで、有利な状況を作り出す戦術です」 「なるほど、それは帝国軍相手でも通用するかな?」 「もちろんです。どんな相手でも『流れ』というものはありますから」 俺の言葉を聞いて、スパートン少佐は頷いたが、その表情には何か別の色が混じっていた。おそらく、俺の自信過剰な態度に対する警戒心だろう。 その夜、自室に戻った俺は、久しぶりにタロカの牌を取り出した。以前のように牌を並べ、「流れ」を確認する日課が、いつの間にか減っていたことに気づいた。 (セリシアの言う通りかもしれない) ふと、そんな思いが頭をよぎった。だが、すぐにそれを打ち消した。 (いや、俺は勝っている。勝っているなら、問題ないはずだ) そう自分に言い聞かせながら、俺は就寝の準備を始めた。窓の外には満月が輝いていた。明るすぎる月光が、どこか不吉に感じられた。 *** 翌朝、司令部には緊張感が漂っていた。アルヴェン将軍から緊急会議の召集がかかったのだ。 会議室に集まった将校たちの表情は硬く、会話も少ない。俺も席につき、静かに将軍の登場を待った。 「諸君」 アルヴェン将軍が入室し、厳しい表情で切り出した。 「東部国境第七地点で、帝国軍の大規模な部隊移動が確認された。彼らは軽微な戦力ではなく、精鋭部隊を投入してきたようだ」 地図上には、帝国軍の推定進路が赤い線で示されていた。その規模と方向性から、今回は単なる小競り合いではなく、本格的な侵攻の前触れと見られた。 「さらに、この部隊を率いているのはラドルフ・ゼヴァルドと思われる」 将軍の言葉に、会議室がざわめいた。 「赤眼の魔将」 「そうか、ついに彼が出てきたか」 将校たちの間で囁きが広がる。ラドルフ——その名はフェリナから聞いていた。帝国軍の戦術総監、「赤眼の魔将」の異名を持つ軍略家。彼の戦績は圧倒的で、これまでフェルトリア王国との戦いで一度も敗北を喫したことがないという。 「我々はこの動きに対応する必要がある。エストガード」 将軍が俺を指名した。 「君の戦術眼を買いたい。このラドルフの動きを予測し、対応策を練ってくれ」 「承知しました、将軍」 俺は自信を持って答えた。どれほど強い敵であれ、「流れ」を読み解く自分の能力があれば対抗できるはずだ。これまでの勝利が、そう確信させていた。 ...