第21話「"神童"への疑念」

ギアラ砦への道中、俺たちの一行は快調に進んでいた。約500名の兵力と共に、俺とシバタ大尉、セリシア、そしてフェリナが馬に乗って隊列の先頭を行く。出発から二日、あと一日でギアラ砦に到着する予定だ。 「ソウイチロウ」 横から声をかけられて振り返ると、セリシアが馬を並べてきた。 「どうした?」 「作戦はもう決まったの?」彼女は真剣な表情で尋ねた。 「大枠はね」俺は頷いた。「ラドルフの『魂の鎖』の弱点を突く作戦だ」 「具体的には?」 「まず、砦内の兵と合流して約700名の戦力を確保する」俺は説明した。「その上で、敵の注意を分散させる複数の小規模な動きを仕掛ける。ラドルフが『支配』できる範囲は限られているから、彼の制御が及ばない状況を作り出せれば勝機はある」 セリシアは考え込むように俺の言葉を聞いていた。 「理にかなってるわね」彼女は頷いた。「でも、相手も前回の戦いから学んでいるはず。同じ弱点を見せるとは思えないわ」 「そうだね」俺も同意した。「だから柔軟に対応できるよう、いくつかのパターンを用意している」 二人で作戦の詳細を話し合っていると、前方に小さな村が見えてきた。休憩と補給のために立ち寄る予定の場所だ。 村に入ると、住民たちが不安そうな表情で俺たちを見つめていた。兵站担当の士官が村長と交渉し、水と食料の補給が始まった。 俺は馬から降り、少し足を伸ばすことにした。村の広場には井戸があり、そこで水を飲もうとしていると、近くで人々の話し声が聞こえてきた。 「あれが噂の"戦術の神童"かい?」 「若いね、本当に彼がラドルフと戦うのか?」 「サンガード要塞でも敗れたって聞いたが……」 「運だけだったんじゃないか、あいつの勝利は」 思わず足を止めた。村人たちが俺について話しているのは明らかだ。そして、その評価は芳しくない。 (そうか……噂は広まっているんだな) 少し胸が痛んだが、仕方のないことだ。サンガード要塞での敗北は事実。それを知った人々が疑念を抱くのも当然だろう。 「気にするな」 背後からシバタ大尉の声がした。彼も同じ会話を聞いていたようだ。 「はい……」俺は振り返って答えた。「でも、皆が疑っているというのは事実ですね」 「民間人だけではない」大尉は静かに言った。「軍内部でも、君への疑念の声がある」 少し驚いて大尉を見た。彼は真剣な表情で続けた。 「特に保守派の士官たちはな」大尉は少し声を落とした。「『若すぎる』『経験不足』『運だけ』……色々と言われている」 「そうですか……」 士官たちからの反感は、以前から感じていた。特に年長者たちは、俺のような若輩者が重要な地位を得たことに不満を持っている。サンガード要塞での敗北は、彼らにとって格好の攻撃材料となったのだろう。 「そういえば」大尉はさらに続けた。「ギアラ砦に向かう途中で、ある儀式があるんだ」 「儀式?」 「ああ」大尉は少し困ったような表情を見せた。「俺からは言いづらいのだが……指揮官任命前の査定というものがある」 胸がざわついた。査定とは何だろう。また試されるのか。 「詳しく教えてください」 「ルナン平原に到着したら、演習試験を行うことになっている」大尉は説明した。「これは新任指揮官の能力を確認するための伝統的な儀式だ」 「演習……試験?」 「模擬戦だ」大尉はきっぱりと言った。「君は一方の軍を率い、もう一方はローゼン少佐が率いる。勝敗を競うわけではないが、指揮能力を見るためのものだ」 ローゼン少佐——軍学校首席卒業の秀才で、戦術理論に精通した人物だと聞いている。強敵だ。 「これは正式な手続きなのか、それとも……」 「正直に言おう」大尉の表情が厳しくなった。「これは保守派が仕組んだものだ。君の能力に疑問を呈し、公の場で試そうとしている」 なるほど、そういうことか。サンガード要塞での敗北を受けて、「神童」の評価に疑問を持つ勢力が動いたのだ。 「この試験は公平とは限らない」大尉は忠告した。「用心したほうがいい」 「わかりました」俺は頷いた。「でも、受けて立ちます」 大尉は少し微笑んだ。 「その答えを期待していた」彼は言った。「負け犬の遠吠えに負ける気はないというわけだな」 「はい」俺は自信を持って答えた。「もう一度、皆に認めてもらいます」 休憩を終え、一行は再び馬に乗って出発した。途中、セリシアとフェリナにも演習試験のことを伝えた。 「なんてこと」セリシアは怒りを隠さなかった。「これは明らかに罠よ」 「そうですね」フェリナもしかめっ面で言った。「ローゼン少佐は戦術理論の権威。しかも、今回は彼が有利になるよう設定されているはずです」 「わかってる」俺は二人を見た。「でも、これも乗り越えなければ、本当の敵には勝てない」 二人は黙って頷いた。彼女たちもその通りだと理解しているようだ。 日が傾き始め、一行は野営地を設営した。夕食後、俺は一人、小さな丘に登って星空を見上げていた。明日はルナン平原に到着し、演習試験が行われる。その後、すぐにギアラ砦に向かう予定だ。 (“勝ち"じゃなく、“意味のある一手"を打てるかどうかだ) 内心でそう呟いた。もう単純な勝ち負けだけを考える段階ではない。より深く、より遠くを見据えた戦いが必要だ。 「やっぱりここにいた」 フェリナの声がして、振り返ると彼女が丘を登ってきた。 「星を見ていたんだ」俺は言った。 「きれいね」彼女も星空を見上げた。「明日の試験のこと、考えてるの?」 「ああ」俺は正直に認めた。「負けるわけにはいかないと思ってる」 「勝ちたい気持ちは理解できるけど」フェリナは静かに言った。「これはギアラ砦の戦いのための準備でもあるわ。全力を出し切ってしまうのは危険かもしれない」 鋭い指摘だ。確かに、この演習で全ての戦術を見せてしまうと、それがラドルフの耳に入る可能性もある。 「そうだね」俺は頷いた。「かといって、わざと負けるわけにもいかない。難しいバランスだ」 「あなたなら大丈夫」フェリナは微笑んだ。「『読み』の才能があるんだから」 彼女の信頼に、心が温かくなった。 「ありがとう」 二人は暫く星空を見上げていたが、やがてフェリナが話し出した。 「実は……もう一つ心配なことがあるの」 「何?」 「この演習試験は本来、将軍の許可が必要なはず」彼女は眉をひそめた。「でも、将軍はサンガード要塞にいて、許可を出していない可能性がある」 「つまり、非公式な試験?」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第22話「戦場演習、開戦」

ギアラ砦は山間の狭い峡谷を押さえる、厳めしい石造りの要塞だった。両側を切り立った崖に囲まれ、正面に唯一の大門を持つその姿は、まるで岩山から生えた巨大な牙のようだ。 「到着したな」 シバタ大尉が馬を止め、砦を見上げた。俺たち一行は昼過ぎに砦の前にたどり着いた。演習試験から一日、全軍が疲れた様子を見せながらも、無事に目的地に到着したことに安堵の表情を浮かべている。 「開門! 北方軍の援軍だ!」 大尉の声に応じ、砦の大門がゆっくりと開いた。重厚な木の扉が軋む音と共に、内部の様子が見えてくる。兵士たちが整列し、我々を迎え入れる準備をしていた。 門をくぐると、砦の中庭に入った。中庭は意外に広く、何百人もの兵が訓練できるスペースがある。周囲には兵舎や倉庫、作戦室などの建物が立ち並んでいた。 砦の指揮官であるグレイスン大佐が前に出て、シバタ大尉と挨拶を交わす。彼は風格のある中年の男性で、厳しい目をしているが、疲労の色も見える。 「よく来てくれた」大佐は安堵の表情で言った。「もう少し遅れていたら……」 「状況は?」大尉が尋ねた。 「帝国軍は砦の南約5キロに陣を張っている」大佐は言った。「まだ攻撃は始まっていないが、哨戒によれば明日にも動き出す様子だ」 俺たちも馬から降り、大佐に挨拶した。 「こちらがソウイチロウ補佐官だ」大尉が俺を紹介した。「今回の砦防衛の指揮を任されている」 グレイスン大佐は少し驚いたような、そして評価するような目で俺を見た。 「若いな」彼はぶっきらぼうに言った。「サンガード要塞で戦ったという噂は聞いている」 「はい」俺は敬礼した。「至らない点も多いですが、全力を尽くします」 大佐はしばらく俺を見ていたが、やがて軽く頷いた。 「兵の命を預かる重さを知っているようだな」彼は言った。「それだけでも安心だ」 彼の言葉に、少し緊張が解けた。グレイスン大佐は表面上は厳しそうだが、公平な人物のようだ。 「では、作戦室で状況を確認しよう」大佐は言った。「兵たちは休息を取らせろ」 シバタ大尉、セリシア、フェリナと共に、俺たちは作戦室へと向かった。兵士たちは各自の持ち場に散り、疲れた体を休める。 作戦室には大きな地図が広げられ、敵と味方の配置が示されていた。グレイスン大佐が状況を説明する。 「現在の砦の兵力は約200名」彼は言った。「これに君たちの500名を加えて、約700名となる」 「敵は?」俺が尋ねた。 「少なくとも1500」大佐は厳しい表情で答えた。「赤眼の魔将」ラドルフが直接指揮している」 数では圧倒的に不利だ。しかし、砦という地の利がある。どちらに分があるかは、一概には言えない。 「砦の構造と防衛体制は?」シバタ大尉が尋ねた。 グレイスン大佐は砦の詳細な構造を説明した。主要な防衛ポイントは大門、東西の塔、そして裏手の小さな裏門だ。食料と水の備蓄は2週間分、武器や弾薬も十分にある。 「ラドルフの動きは?」俺が尋ねた。 「奇妙なほど静かだ」大佐は眉をひそめた。「彼らは陣を敷いてから、ほとんど動いていない。まるで……何かを待っているようだ」 その言葉に、一瞬の違和感を覚えた。ラドルフのような戦術家が、単に時間を無駄にするとは思えない。何か策があるはずだ。 「偵察の報告は?」セリシアが尋ねた。 「定期的に斥候を出しているが、特に変わった動きはない」大佐は答えた。「ただ……」 「ただ?」 「斥候の一部が戻ってこなかった」大佐の表情が曇った。「捕まったか、最悪の場合は……」 敵に捕らえられたか、命を落としたか。どちらにせよ良い知らせではない。 「では、防衛計画を立てましょう」俺は地図に向き直った。 全員で砦の防衛策を議論した。主力は大門の防衛に置き、東西の塔には弓兵を配置。裏門には小部隊を置き、不測の事態に備える。 「あと一つ、気になることがあります」フェリナが口を開いた。「ラドルフの『魂の鎖』についてですが……」 「魂の鎖?」グレイスン大佐が訝しげに尋ねた。 俺たちはラドルフの特殊な能力について説明した。兵士たちの精神を支配する禁忌の魔術、その効果と限界について。 「そんな力があるのか……」大佐は驚きを隠せなかった。「だから彼の軍は異様なほど統制がとれているのか」 「はい」フェリナは頷いた。「しかし、その力には限界があります。彼から離れるほど効果は弱まり、範囲外の兵士には効きません」 「それを利用した作戦が必要ですね」俺は言った。「彼の『支配』が及ばない状況を作り出せば、勝機はある」 議論は続き、日が傾いていった。最終的な防衛計画が決まり、各自の役割が定められた。 「では、兵に指示を出そう」グレイスン大佐が言った。「明日以降、激しい戦いになるだろう」 指示を受けた兵士たちは、それぞれの持ち場に向かっていった。俺もセリシアとフェリナと共に、砦の各所を巡回して状況を確認した。 砦内の兵士たちの様子を見ていると、少し気になることがあった。彼らは俺たちを見るたびに、小声で何かを話し合っている。特に俺を見る目が、懐疑的だ。 「気にするな」セリシアが小声で言った。「噂は広まっているんだろう。サンガード要塞のことや、あなたの若さのことを」 「そうだね」俺は頷いた。「仕方ないよ。結果で証明するしかない」 夕食時、食堂では険悪な空気が漂っていた。援軍として来た俺たちの兵と、元々砦にいた兵との間に壁があるようだ。別々のテーブルに分かれて食事をし、交流は最小限だった。 「このままじゃまずいな」シバタ大尉も心配そうに見ていた。「戦う前から内部分裂では勝てない」 「何か方法はないでしょうか」俺は尋ねた。 大尉はしばらく考え込んでいたが、やがて立ち上がった。 「兵たちの前で話をしよう」彼は言った。「ソウイチロウ、君も来い」 大尉と共に食堂の中央に立つと、徐々に兵士たちの会話が静まっていった。 「諸君」大尉は力強い声で言った。「明日からの戦いに向けて、一つ言っておきたいことがある」 全員の視線が大尉に集まる。 「我々は皆、同じ王国の兵士だ」彼は続けた。「援軍も砦の兵も、命を賭けて戦う仲間だ。互いに信頼し合わなければ、勝利はない」 兵士たちの間でざわめきが起きた。 「ソウイチロウ補佐官について、様々な噂が広まっていることは知っている」大尉は俺を見た。「若すぎる、経験が足りない、運だけだ、などとな」 食堂が静まり返る。 「だが、私は彼と共に戦った」大尉はきっぱりと言った。「彼の『読み』の才は本物だ。サンガード要塞での敗北も、より強くなるための糧となった」 兵士たちの表情が少しずつ変わっていく。 「明日から始まる戦いは厳しい」大尉は言った。「だが、一丸となって戦えば、必ず勝てる。全員の命と、この砦を守るために」 大尉の言葉が終わると、一人の年配の兵士が立ち上がった。 「大尉殿のおっしゃる通りです」彼は深い声で言った。「我々も噂に惑わされるべきではない。明日からは一つの軍として戦いましょう」 少しずつ、兵士たちの間に融和の空気が広がっていった。別々に座っていた兵士たちが席を移動し始め、会話も活発になる。 「ありがとうございます」俺は大尉に感謝した。 「互いに信頼し合える環境を作るのも、指揮官の役目だ」大尉は言った。「明日から彼らは君の指示で動く。信頼関係は必須だ」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第23話「勝機は手の内に」

二日目の朝、俺は早くに目を覚ました。夜明け前の砦は静寂に包まれ、兵士たちもまだ眠っている。しかし、この静けさは長くは続かないだろう。今日、ラドルフは本格的な攻撃を仕掛けてくるはずだ。 砦の高い見張り台に上り、敵陣を観察する。朝靄の中、敵の陣営ではすでに動きが見えた。彼らも早くから準備を始めているようだ。 「やはり眠れなかったか」 背後から声がして振り返ると、シバタ大尉が立っていた。 「ええ、少し」俺は微笑んだ。「緊張もしますし」 「当然だ」大尉は隣に立ち、共に敵陣を見た。「今日は本格的な攻撃が来るだろう。ラドルフは昨日、我々の防衛体制を探っていたに過ぎない」 「そう思います」俺も頷いた。「昨夜、防衛計画を見直しましたが、やはり柔軟な対応が必要です」 昨晩、俺は遅くまで防衛計画を練り直していた。固定的な防衛線ではなく、状況に応じて兵力を移動させる戦術だ。砦の内部に予備兵力を配置し、敵の攻撃に合わせて素早く対応する。 「すでに指示は出したのか?」大尉が尋ねた。 「はい、グレイスン大佐にも了承いただき、各隊長に説明しました」 大尉は満足そうに頷いた。 「素晴らしい判断だ」彼は言った。「ラドルフの正面攻撃に対応しつつ、別の狙いにも備える。まさに『読み』の戦術だな」 その言葉に、少し照れくさくなった。確かに、この戦術は麻雀での経験が活きている。相手の手を読みながら、自分の手も整えていく。 「あれは……」大尉が突然声を上げた。 敵陣で大きな動きがあった。赤い旗を中心に、兵士たちが整列し始めている。その中央に、赤い鎧を身につけた騎士の姿が見える。 「ラドルフだ」俺は双眼鏡で確認した。 遠くからでも、彼のオーラは強く感じられる。兵士たちが彼の周りで完璧な隊形を作り、まるで一つの生き物のように動いている。 「『魂の鎖』の効果か……」大尉が呟いた。「恐るべき力だ」 朝日が昇り、靄が晴れてくると、敵の全容がはっきりと見えてきた。昨日よりも整然とした布陣で、明らかに本格的な攻撃の準備をしている。 「全軍に警戒を」俺は決断した。「敵が攻撃態勢に入った」 伝令が走り、砦全体に警報が広がった。兵士たちが次々と持ち場に就き、緊張した面持ちで敵を見つめている。 セリシアとフェリナも合流した。 「敵の配置が変わったわ」セリシアが報告した。「昨日よりも明確に三方向からの攻撃態勢だわ」 「主力は南正面、そして東西に分散兵力」フェリナが言った。「裏門も狙っているはずよ」 俺は状況を分析した。ラドルフは昨日の経験から、砦の弱点を把握している。特に裏門が狙われるのは確実だ。 「セリシア、あなたは大門の指揮を」俺は指示した。「フェリナ、情報収集を続けて、敵の動きを逐一報告してくれ」 二人とも頷き、それぞれの持ち場に向かった。 「大尉」俺は続けた。「あなたには、予備兵力の指揮をお願いします」 「了解した」大尉も頷いた。「君の指示があれば、いつでも動ける態勢を取る」 全ての準備が整い、後は敵の動きを待つのみとなった。 そして、敵陣から角笛の音が響いた。攻撃開始の合図だ。 「来るぞ!」グレイスン大佐が大声で叫んだ。 敵軍は一斉に動き出し、三方向から砦に向かって進軍してきた。主力部隊は南正面の大門に向かい、残りは東西の壁に向かう。 「弓兵、準備!」大佐が命じた。 砦の壁の上では、弓兵たちが弓を構えて敵の接近を待つ。敵が射程距離に入るまで、あと少し。 「発射!」 大佐の命令で、弓兵たちが一斉に矢を放った。空を裂く音と共に、矢の雨が敵の前列に降り注ぐ。 幾人かの敵兵が倒れたが、全体の進軍に乱れはない。彼らは機械のような精度で前進を続ける。 「もう一度、発射!」 再び矢が放たれ、さらに敵兵が倒れた。しかし、まるで穴を埋めるように、後列の兵士たちが整然と前に進む。 敵は砦の壁の下に到達し、攻城梯子を立て始めた。同時に、大門には破城槌を持った部隊が接近している。 「大門の防衛を固めろ!」セリシアの声が響いた。「破城槌を止めろ!」 兵士たちは必死に応戦する。壁の上からは石や槍が投げられ、梯子を登ろうとする敵兵を撃退する。大門の前では、破城槌を止めようと特殊部隊が出撃した。 俺は砦の中央の塔から全体の戦況を見渡していた。表の戦いは激しいが、まだ持ちこたえている。しかし、気になるのは裏側の状況だ。 「フェリナ」俺は呼びかけた。「裏門の様子は?」 「まだ攻撃は始まっていません」彼女は報告した。「しかし、敵の小部隊が東の崖沿いを移動しているのが見えます」 予想通り、裏門も狙われるようだ。しかし、昨日と比べて敵の動きに微妙な違いがある。より計画的で、隠密性が高い。 「シバタ大尉」俺は連絡した。「予備兵力の一部を裏門に回してください。敵の動きが見えます」 「了解」大尉の声が返ってきた。 戦いは激しさを増していった。正面では、敵の一部が壁を乗り越え、砦内との接近戦が始まっている。セリシアの指揮の下、兵士たちは必死に押し返している。 そのとき、裏側から騒がしい声が聞こえた。 「敵襲! 裏門が破られた!」 予想通りの事態だが、予想より早かった。急いで裏門に向かうと、既に激しい戦闘が始まっていた。敵約100名が裏門を破り、砦内に侵入しようとしている。 「シバタ大尉!」俺は叫んだ。 「すでに対応中だ!」大尉の声が返ってきた。 予備兵力が急いで裏門に集結し、侵入してきた敵と交戦する。俺もその場で指揮を取り、防衛線を整えた。 「この扉を中心に防衛線を!」俺は命じた。「敵を中庭に入れるな!」 兵士たちは必死に戦い、何とか敵の進軍を食い止めている。しかし、このままでは時間の問題だ。敵の数が多すぎる。 そのとき、フェリナが走ってきた。 「ソウイチロウ! 新たな動きがあるわ!」彼女は息を切らせて言った。「西側の崖下から別働隊が現れました! 約50名、砦の死角から登っています!」 事態は悪化している。三方向からの攻撃に加え、新たな侵入経路まで。このままでは砦の防衛線が持たない。 だが、ここで諦めるわけにはいかない。 「大尉」俺は連絡した。「西側に予備兵力の一部を回してください。残りは裏門の応援を」 「了解だ」大尉の声には緊張が混じっていた。「だが、これ以上兵力を分散させれば……」 「わかっています」俺は言った。「しかし、今は全ての侵入口を塞ぐしかありません」 戦況は厳しさを増すばかりだった。正面では敵が大門を破ろうと猛攻を仕掛け、裏門では既に一部が砦内に侵入している。さらに西側からも新たな脅威が。 (まるで将棋の王を詰ませるように……) ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第24話「内政の影とフェリナの想い」

三日目の朝、砦内は穏やかな空気に包まれていた。昨日の勝利で兵士たちの士気は高く、食堂では朗らかな会話が飛び交っている。 俺は早めに目を覚まし、朝食をとりながら今日の作戦について考えていた。昨日の勝利は大きいが、油断はできない。ラドルフは必ず新たな策を練ってくるはずだ。 「おはよう、ソウイチロウ」 セリシアが俺の向かいに座った。彼女も早起きのようだ。 「おはよう」俺は答えた。「よく眠れた?」 「ええ」彼女は頷いた。「昨日の勝利で少し安心したわ。でも、今日も気を抜けないでしょうね」 「そうだね」俺は同意した。「敵の様子は?」 「まだ陣を維持しているわ」セリシアは言った。「特に大きな動きは見られないけど、何かを準備しているようね」 二人で朝食を終え、作戦室に向かった。そこにはすでにシバタ大尉とグレイスン大佐がいた。 「おはよう」大尉が声をかけた。「今日の作戦の確認だ」 地図を囲み、防衛体制の最終確認をする。昨日の経験から、伏兵の配置をさらに工夫し、敵の新たな動きにも対応できるようにした。 「敵は昨日の失敗から学んでいるはずだ」大佐が言った。「同じ罠には二度とかからないだろう」 「はい」俺は頷いた。「だから、今日は別の戦術を用意しています」 俺が考えた新たな戦術は、敵の攻撃を受け止めつつ、徐々に消耗させるというものだ。砦の強みを最大限に活かし、時間をかけて敵の士気と体力を削る。 説明を終えると、フェリナが部屋に入ってきた。彼女の表情には緊張が見えた。 「報告があります」彼女は言った。「敵陣に変化が見られます」 「どんな?」大尉が尋ねた。 「昨夜、増援が到着したようです」フェリナは答えた。「約200名。さらに、陣形も変更されています」 これは予想外の展開だった。敵の増援とは。 「詳細は?」俺が尋ねた。 「北側から来たようです」フェリナは言った。「装備から見て、騎兵隊と弓兵が主体のようです」 新たな敵の増援。これで彼らの戦力は再び1000を超える。対して我々は昨日の戦いで損失を出し、約650名ほどだ。 「さらに」フェリナは続けた。「敵陣に新たな旗が立ちました。バイアス家の紋章です」 その名前に、一瞬息を呑んだ。バイアス家——ルナン平原の演習試験で出会ったバイアス伯爵の家だ。 「バイアス伯爵の部隊か……」シバタ大尉の表情が厳しくなった。「これは単なる軍事行動ではなくなってきたな」 「どういうことですか?」俺は尋ねた。 「バイアス伯爵は軍内の保守派領袖だ」大尉は説明した。「彼が私兵を送り込んだということは、この戦いに政治的な意図があるということだ」 政治的な意図——それは俺にとっては未知の領域だった。前世でも現世でも、政治的な駆け引きには関わったことがない。 「詳しく教えてください」俺は真剣に頼んだ。 大尉はため息をついて説明し始めた。 「バイアス伯爵は若手の台頭を快く思っていない」彼は言った。「特に君のような、従来の序列を無視して重要なポストに就いた者をね」 なるほど。あの演習試験も、今回の増援も、全て俺を失脚させるための動きだったのか。 「では、この戦いに負ければ……」 「君の評価は地に落ちる」大尉はきっぱりと言った。「それだけでなく、アルヴェン将軍の立場も危うくなる」 事態は思った以上に複雑だった。単なる軍事的な勝敗だけでなく、王国の内政にまで影響する戦いなのだ。 「でも」俺は決意を固めた。「それでも、勝つしかありませんね」 「その通りだ」大尉は頷いた。「勝てば全てが解決する。今は目の前の敵に集中しよう」 会議を終え、各自が持ち場に向かった。俺は砦の高所から敵陣を観察した。確かに、昨日よりも大きくなっている。そして、赤い旗の隣に新たな旗——おそらくバイアス家の紋章だろう。 (これは内政問題にまで発展しているのか……) ため息をつきながら、俺は敵の動きを見つめた。彼らはまだ攻撃の兆候を見せていない。何かを待っているのだろうか。 そのとき、敵陣から一騎の使者が出てきた。昨日と同じく白旗を掲げ、砦に向かって進んでくる。 「また使者か」グレイスン大佐が俺の隣に立った。「何の用だろうな」 使者が砦の前に到着し、声を張り上げた。 「砦の守備隊に告ぐ! わが軍より新たな降伏勧告である!」 昨日と同じ文言だ。しかし、次の言葉は違った。 「本日正午までに降伏せねば、砦内の全員を処刑する! これはラドルフ総帥とバイアス伯爵の共同命令である!」 バイアス伯爵の名が公然と出てきた。もはや隠す気もないようだ。 「当然拒否だな」大佐が言った。 「もちろんです」俺も頷いた。 使者はしばらく待ったが、返答がないと見るや、敵陣へと引き返していった。 「正午か……」大佐が呟いた。「あと四時間だな」 俺は砦内の防衛体制を最終確認するため、各持ち場を巡回した。兵士たちは緊張した面持ちで持ち場に就いているが、昨日の勝利で自信をつけたようだ。 「ソウイチロウ」 巡回を終えた俺に、セリシアが声をかけた。 「どうした?」 「ちょっと話があるんだけど」彼女は少し遠慮がちに言った。「個人的なことで」 「いいよ」俺は頷いた。 二人で人気のない物見台に上った。そこからは敵陣が見渡せる。 「実は」セリシアは静かに言った。「バイアス伯爵は私の遠縁なの」 「え?」 予想もしなかった告白に、俺は驚いた。 「ヴェル=ライン家とバイアス家は、血縁関係があるの」彼女は続けた。「だから、この戦いは私にとっても複雑なのよ」 「そうだったのか……」 彼女の心情を考えると、確かに難しい立場だろう。血縁の者と戦う場面に立たされているのだから。 「でも、私はあなたの味方よ」セリシアはきっぱりと言った。「バイアス伯爵の政治的な策略には与しない」 彼女の強い意志に、心を打たれた。 「ありがとう」俺は素直に言った。「君の言葉が嬉しい」 セリシアは少し照れたように視線をそらした。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第25話「戦う意味」

最終決戦の朝が訪れた。砦内は緊張感に包まれ、兵士たちも静かに準備を進めている。昨日の援軍到着で勢いはあるものの、全員が今日の戦いの重要性を理解しているのだろう。 俺は早朝から作戦室で最終確認を行っていた。地図を広げ、配置を確認し、予想される敵の動きに対応策を練る。これまでの戦いで学んだことを全て活かさなければならない。 「よく眠れたか?」 シバタ大尉が作戦室に入ってきた。 「はい、案外」俺は答えた。「明日の戦いに備えて、しっかり休みました」 実際、昨夜は浴場でのフェリナとの一件もあり、少し寝つきが悪かったが、それは言わないでおこう。 「良かった」大尉は頷いた。「今日の勝利は、君の判断にかかっている」 その言葉に、改めて責任の重さを感じた。無言で地図に目を戻す。 「敵の様子は?」俺は尋ねた。 「動きがある」大尉は言った。「夜明け前から陣形を組み直している。全力で来るつもりだろう」 バイアス伯爵の部隊は撤退したが、ラドルフの軍はまだ約800名ほど残っている。対する我々は約950名。数では優位だが、ラドルフの「魂の鎖」の力を考えると、決して楽観はできない。 「ソウイチロウ」大尉が真剣な表情で俺を見た。「一つ聞いておきたい」 「はい?」 「君は何のために戦っている?」 突然の問いに、言葉に詰まった。何のために? そんなことを考える余裕はなかった。とにかく勝つこと、砦を守ること、それだけを考えていた。 「砦を守るためです」俺は答えたが、自分でも薄っぺらい回答だと感じた。 大尉はじっと俺を見つめていた。 「それだけか?」 「あとは……」俺は言葉を探した。「皆の命を守るため、任務を果たすため……」 どれも間違いではないが、心の底から湧き上がる答えではない。大尉はそれを見抜いたようだった。 「ラドルフは明確な目的を持っている」大尉は静かに言った。「彼は帝国の拡大と自らの権力、そして理想のために戦っている。それが彼の強さの源だ」 確かにその通りだ。ラドルフには明確な意志がある。だからこそ、あれほどの軍を率いることができるのだろう。 「では、君はどうだ?」大尉は再び問うた。「君の強さの源は何だ?」 答えられない。自分でも分からない。前世では麻雀を打ち、負けを嫌い、勝ちを追い求めた。この世界でも、ただ勝つことだけを考えてきた。だが、それ以上の何かがあるのだろうか? 「わからない……」正直に認めた。「俺は、まだ自分を知らないのかもしれません」 大尉は意外そうな表情をした後、微笑んだ。 「正直だな」彼は言った。「多くの若者は、知ったかぶりをする。だが君は、自分の無知を認める。それは強さの一つだ」 大尉の言葉に少し救われた気がした。 「今日の戦いで、答えが見つかるかもしれんな」彼は続けた。「命を賭けた戦いは、時に人の本質を明らかにする」 その言葉を胸に刻み、俺は再び地図に目を向けた。 *** 朝食後、全将兵が中庭に集合した。最終決戦を前に、士気を高めるための儀式だ。 グレイスン大佐が前に立ち、兵士たちに向かって短い演説を行った。 「諸君! 今日の戦いは、我らが王国の未来を左右する」彼は力強く言った。「ギアラ砦が落ちれば、西部全域が危険にさらされる。だが、我々はそれを許さない!」 兵士たちから歓声が上がった。 「三日間の戦いを乗り越えてきた。我々は既に勝利の道を切り拓いている。今日、その道を最後まで進もう!」 再び歓声が響く。兵士たちの士気は高い。 「ソウイチロウ補佐官」大佐が俺を呼んだ。「君からも一言」 突然指名され、少し戸惑ったが、前に出て兵士たちを見渡した。若い顔、年老いた顔、様々な表情が俺を見つめている。 「私は」俺は静かに言葉を紡いだ。「若輩者です。多くの経験を持っているわけではありません」 静寂が広がる。 「だが、この三日間、皆さんと共に戦い、多くを学びました」俺は続けた。「敵の強さ、味方の勇気、そして戦いの意味を」 兵士たちの目が俺に注がれている。 「今日、私たちは勝ちます」俺は声を上げた。「それは単なる願望ではなく、確信です。なぜなら、私たちには敵にない力があるから」 「何の力だ?」誰かが声を上げた。 「連帯の力です」俺は答えた。「互いを信頼し、補い合う力。ラドルフの『魂の鎖』は兵を支配しますが、私たちは互いの意志で繋がっている。それが私たちの強さです」 それは、今この瞬間に俺の心から湧き上がった言葉だった。兵士たちの顔を見ていると、彼らと共に戦うことの意味が少しずつ見えてきたように感じる。 「共に戦いましょう」俺は締めくくった。「共に勝ちましょう」 兵士たちから大きな歓声が上がった。予想外に好評だったようだ。俺自身も、言いながら胸が熱くなるのを感じた。 儀式が終わり、全員が持ち場に散っていった。俺はセリシアと共に、再度防衛計画を確認する。 「いい演説だったわ」セリシアは素直に褒めた。「心に響いたわ」 「そうかな」俺は少し照れた。「正直、何を言ってるか自分でもよくわからなかったよ」 「だからこそ、本音が出たのよ」彼女は微笑んだ。「あなたの言葉に嘘はなかった」 ふと、セリシアの表情が柔らかくなったのに気づいた。普段の厳しい彼女からは想像できない、優しい微笑みだ。 「あなたはまだ自分を知らない」彼女は静かに言った。「でも、もう一人じゃない」 その言葉に、心が温かくなった。確かに、この世界に来てから多くの人と出会い、共に戦ってきた。もう一人ではない。 「ありがとう」俺は素直に言った。 二人で防衛計画の最終確認を終え、各自の持ち場に向かう。今日は俺が全体の指揮を執り、セリシアは東側防衛、シバタ大尉は西側防衛、グレイスン大佐は中央防衛を担当する。 砦の見張り台から敵陣を観察すると、彼らも最終的な準備を整えているようだった。ラドルフの赤い旗が風になびき、その存在感は遠くからでも感じられる。 「フェリナ」 彼女が近づいてきたのに気づいた。昨夜の一件もあり、少し気まずい空気が流れるかと思ったが、彼女は冷静な表情で報告を始めた。 「敵は三方向からの攻撃態勢です」彼女は言った。「特に南正面に主力を配置しています」 「ラドルフは?」 「中央、赤い旗の下にいます」彼女は答えた。「周囲には精鋭部隊が配置されています」 彼女の声には緊張が感じられた。今日の戦いは、彼女にとっても特別な意味を持つことだろう。 「フェリナ」俺は静かに言った。「今日の戦いで、君の父の仇を討つことができるかもしれないね」 彼女の目に決意の色が浮かんだ。 「ええ」彼女は頷いた。「でも、それだけじゃないわ」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人