第16話「勝ち続けた代償」

「これで四連勝か……」 作戦室を出る際、俺は思わず小声で呟いた。今日も小規模な国境警備作戦が成功し、帝国軍の偵察部隊を撃退した。先日の正式補佐官への任命から一ヶ月が経ち、俺の手がけた作戦はすべて成功している。 「お前の『読み』はマジですげぇな」 隣を歩くカイルが肩を叩いてきた。今ではすっかり気安い仲だ。 「そんなことないよ」 謙遜しながらも、内心では満足感を覚えていた。前世では雀荘で連勝することもあったが、この世界での連勝は人々の命を救う結果に直結する。その重みは比べものにならない。 「いや、本当にすごいよ」カイルは真摯に言った。「あんな風に敵の動きを予測できるなんて。今日の伏兵の配置だって完璧だった」 「運が良かっただけさ」 「運じゃねぇよ」カイルは少し呆れ顔で言った。「兵たちの間じゃ『戦術の神童』なんて呼ばれてるんだぜ?」 「やめてよ、照れるじゃん」 廊下の曲がり角で、シバタ大尉とバロン大佐が話しているのが見えた。バロン大佐は依然として俺に対して批判的だ。彼らに気づかれないよう、足を止める。 「あの補佐官は確かに才能がある」バロン大佐の低い声が聞こえてきた。「だが、あまりに順風満帆すぎる。本当の試練を経ていない」 「彼は実戦で結果を出している」シバタ大尉が冷静に反論した。 「連戦連勝は必ずしも良いことではない」バロン大佐は厳しい口調で言った。「特に若い指揮官にとっては。過信を生む」 二人は歩き去り、声が聞こえなくなった。 「気にするなよ」カイルが言った。「バロン大佐はいつもそうだ。どんな若手にも厳しい」 「うん……」 だが、その言葉は心に引っかかった。本当の試練? 過信? 俺はそんなふうになっているのだろうか。 「あ、俺はここで戻るわ」カイルが言った。「また明日」 「ああ、またな」 一人になった俺は、司令部の中庭に足を向けた。夕暮れ時の静かな空間で、少し考えをまとめたかった。 中庭のベンチに座ると、最近の作戦を振り返る。確かに、すべて成功している。帝国軍の動きを読み、先手を打ち、最小限の犠牲で勝利を重ねてきた。誰もが俺の才能を認め始めている。 (麻雀でこんなに連勝したら、絶対にのぼせ上がってたよな……) 前世の記憶が蘇る。高校生の頃、県大会で準優勝したときの浮かれた気分。だが、その後すぐに調子を崩し、大会での惨敗。そして焦りから勉強をおろそかにし、受験に失敗した。 「あら、こんなところで何をしているの?」 突然の声に顔を上げると、セリシアが立っていた。 「ああ、セリシア」 彼女は隣に座り、夕焼けを見上げた。 「今日の作戦も成功だったわね。おめでとう」 「ありがとう。君の分析があったからこそだよ」 セリシアは少し笑った。最近は二人の間にも自然な空気が流れるようになっていた。 「作戦会議ではバロン大佐の表情が険しかったわね」 「ああ……さっき廊下で聞いちゃったんだ」俺は素直に告白した。「俺が『過信』していると言ってた」 「バロン大佐は経験豊富な指揮官よ」セリシアは静かに言った。「彼の言葉には一理あるかもしれないわ」 「君もそう思う?」 セリシアはしばらく黙っていたが、やがて真摯な表情で俺を見た。 「率直に言うと……あなた、少し勝ちに慣れすぎているんじゃないかしら」 その言葉に、少し心が痛んだ。 「勝ち慣れたらまずいのか? 勝てばいいんだろ?」 思わず反発するような言い方になった。セリシアは少し眉をひそめた。 「勝つことは大事よ。でも、勝ち方も重要」彼女は冷静に言った。「最近のあなたは、少し荒っぽくなっている気がする」 「荒っぽい?」 「ええ」彼女は真摯に続けた。「先週の北峠の作戦では、偵察隊を危険な位置に配置したわ。結果的には敵を発見できたけど、もし読みが外れていたら……」 言葉が胸に刺さった。確かに、最近は「勝てる」という自信から、少し大胆な作戦を取るようになっていた。 「みんなは私の判断を信頼してくれてるから……」 「そうよ。だからこそ、より慎重になるべきじゃないかしら」 風が吹き、セリシアの髪が揺れた。その横顔は厳しくも優しい。 「ごめん」素直に謝った。「少し調子に乗ってたのかもな」 「謝らなくていいわ」彼女は表情を和らげた。「あなたの才能は本物。だからこそ、それを最大限に活かせるように……」 「わかってる」俺は頷いた。「もっと慎重になるよ。約束する」 セリシアは安心したように微笑んだ。 「そういえば」彼女は話題を変えた。「明日、大きな作戦会議があるわ。東部国境での新たな任務について」 「東部? あそこは最近帝国軍の動きが活発だって聞いたけど」 「ええ」彼女は少し表情を引き締めた。「情報によれば、向こうにはかなり強力な指揮官がいるらしいわ」 「名前は?」 「ラドルフという男よ」セリシアは静かに言った。「『赤眼の魔将』と呼ばれているわ」 「赤眼……?」 「噂では、彼の指揮する部隊は異様なほど統制がとれているらしい」セリシアは続けた。「まるで操り人形のようだと」 何か不吉な予感がした。今までとは違う種類の敵のようだ。 「フェリナなら、もっと詳しいことを知ってるかもしれないわ」セリシアが言った。「彼女はエストレナ帝国の出身だし」 「そうだね、聞いてみよう」 二人は立ち上がり、司令部へと戻った。夕焼けが徐々に深まり、空が赤く染まっていく。なぜか、その赤さが「赤眼の魔将」という言葉と重なって見えた。 *** 翌朝、大会議室に幹部たちが集まった。アルヴェン将軍を中心に、各部隊の指揮官や参謀たちが着席している。俺とセリシアも席に着いた。 「諸君」将軍が会議を始めた。「東部国境の状況が緊迫している。帝国軍の大規模な移動が確認された」 壁に掛けられた大きな地図を指し示しながら、将軍は説明を続けた。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第17話「戦場に降る声」

朝靄が立ち込める中、サンガード要塞の東側高台に立ち、俺は双眼鏡で前方を観察していた。今日から大規模な防衛作戦が始まる。帝国軍の動きはまだないが、情報によれば彼らは既にレイクバレーを出発し、こちらに向かっているという。 「準備はいいか?」 背後からシバタ大尉の声がした。 「はい」俺は振り返って答えた。「各拠点への伝令も済ませました」 「よし」大尉は頷いた。「初めての大規模戦だが、臆することはない。これまでと同じように」 「わかっています」 言葉では強がっても、正直、緊張していた。これまでの任務は小規模なものばかり。今回は要塞全体の防衛という大きな責任がある。しかも相手は評判高い「赤眼の魔将」ラドルフだ。 「セリシアはどこだ?」 「西側の観測ポイントにいます」俺は答えた。「フェリナもそこで情報収集中です」 シバタ大尉は頷き、要塞の方を見た。サンガード要塞は東部国境の要所で、石造りの巨大な城壁と複数の塔、そして広大な中庭を持つ。約500名の兵士が配備され、我々のほか、グレイスン大佐率いる部隊も駐留している。 「あの子に頼りすぎるなよ」シバタ大尉が突然言った。 「え?」 「フェリナだ」彼は真剣な表情で言った。「彼女のラドルフに関する情報は貴重だが、彼女自身もラドルフに対して客観性を失っている可能性がある」 「何か因縁があるんですか?」 「詳細は知らん」大尉は首を振った。「だが、彼女の眼に憎しみを見た。個人的な恨みがあるようだ」 フェリナとラドルフ……二人の間に何があったのだろう。昨日、彼女から詳しい話を聞こうとしたが、彼女は大事な部分を語りたがらなかった。 「そろそろラーティス准尉が偵察から戻るはずだ」シバタ大尉が言った。「彼の報告を聞いてから次の手を考えよう」 「はい」 ラーティス准尉は優秀な斥候で、今朝早くに敵の動きを確認するため派遣された。彼の報告は作戦の第一歩となる。 シバタ大尉が去った後、俺は再び双眼鏡で前方を観察した。朝靄の向こうには広大な草原が広がっている。そこを敵が進軍してくるはずだ。 (どんな手を打ってくるんだろう……) 不安と期待が入り混じる感情。初めての大規模戦での役割は重大だ。ここで結果を出せば、俺の地位はさらに確固たるものになる。しかし、失敗すれば……。 「ソウイチロウ!」 声の方を振り返ると、セリシアが急いでやってきた。 「どうした?」 「ラーティス准尉が戻ってきたわ」彼女は息を切らせて言った。「作戦室に集合よ」 二人で急いで要塞内の作戦室に向かった。そこにはシバタ大尉、グレイスン大佐、そして汗と土にまみれたラーティス准尉がいた。 「報告します」ラーティス准尉は緊張した面持ちで言った。「敵軍はレイクバレーを出発し、現在シルバーウッド森を抜けて進軍中です。予想では正午頃に前線に到達するでしょう」 「兵力は?」グレイスン大佐が尋ねた。 「少なくとも2000。騎兵、歩兵、弓兵がバランスよく配置されています」 「2000……」グレイスン大佐は眉をひそめた。「こちらは約800だ。厳しい戦いになるな」 「編成の特徴は?」シバタ大尉が尋ねた。 「異様なほど整然としています」ラーティス准尉は言った。「進軍中なのに一切の乱れがない。まるで一つの生き物のようです」 まさにフェリナが言っていた通りだ。ラドルフ率いる軍は通常の軍隊とは違う。 「ラドルフの姿は?」俺が尋ねた。 「確認できませんでした」准尉は首を振った。「ただ、中央に赤い軍旗があり、そこに指揮部があると思われます」 シバタ大尉とグレイスン大佐は地図を広げ、防衛計画を確認し始めた。 「要塞の正面に主力を配置」グレイスン大佐が言った。「北と南の小拠点にも各100名ずつ配備済みだ」 「敵の接近経路は?」シバタ大尉が尋ねた。 「主に中央ルートです」ラーティス准尉が答えた。「ただ、小部隊が北側にも展開している様子が見られました」 「北側の小拠点が狙われるかもしれないな」 俺は地図を見ながら考えた。通常なら、敵は圧倒的な兵力を活かして正面突破を狙うはずだ。しかし、ラドルフならば……。 「大尉」俺は慎重に言った。「敵の中央部隊は囮かもしれません。本当の攻撃は北か南から」 「可能性はあるな」シバタ大尉は考え込んだ。「グレイスン大佐、北側小拠点への増援は可能か?」 「今すぐに50名ほど送れる」大佐は答えた。「だが、これ以上は要塞の防衛が薄くなる」 「では、とりあえず50名の増援を」シバタ大尉は決断した。「そして……」 作戦の詳細が決められていく。俺とセリシアも意見を出し、敵の動きを予測しながら最善の防衛策を練った。準備が整い、各自が持ち場に向かう時が来た。 「ソウイチロウ」シバタ大尉が呼んだ。「お前は北の小拠点の指揮を任せる。セリシアも同行だ」 「はっ!」 重要な役割を任されたことに、緊張と責任感が高まる。 「敵の動きを見て、適切に対応せよ」大尉は真剣な表情で言った。「だが、無謀な判断はするな。必要なら本隊に援軍を要請しろ」 「わかりました」 俺とセリシアは北の小拠点に向かう準備を始めた。約150名の兵を率いることになる。 *** 北の小拠点は要塞から約1キロ離れた丘の上にある石造りの砦だ。本来は見張り台として建てられたものだが、今は防衛拠点として機能している。 俺たちが到着すると、すでに100名の兵士が配備されており、要塞からの増援50名も合流した。俺は速やかに指揮を執り、防衛体制を整えた。 「北側の森を警戒して」俺は指示を出した。「敵が来るとしたら、あの森を抜けてくるはずだ」 セリシアは砦の上から双眼鏡で周囲を観察している。 「まだ敵影なし」彼女が報告した。「でも、鳥の様子が変だわ」 「鳥?」 「ええ」彼女は森を指差した。「通常、あの辺りには小鳥がたくさんいるのに、今日は静かすぎる」 鋭い観察眼だ。確かに、普段なら鳥のさえずりが聞こえるはずの森が、今日は異様に静かだった。 「敵が潜んでいる可能性があるな」 俺は警戒を強化するよう命じた。弓兵を砦の上に配置し、騎兵部隊は緊急出動の態勢を整えた。 正午が近づくにつれ、緊張が高まる。要塞の方角から遠くの喧騒が聞こえ始めた。どうやら本隊への攻撃が始まったようだ。 「始まったか……」セリシアが呟いた。 俺は砦の壁を登り、要塞の方を見た。遠くで戦闘の様子が見える。帝国軍の旗が風になびき、戦いの音が断片的に届く。 そのとき、北側の森から微かな動きが見えた。 「敵だ!」俺は叫んだ。「全員、戦闘態勢!」 森から帝国軍の一部隊が姿を現した。黒と赤の軍服に身を包んだ兵士たち。その数、およそ300。こちらの倍だ。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第18話「赤眼の男」

夜明け前、要塞内は緊張した空気に包まれていた。昨日の敗北から立て直すべく、早朝から指揮官たちが集まり、作戦会議が行われていた。 「現状を整理しよう」 シバタ大尉が大きな地図を広げながら言った。作戦室には俺とセリシア、グレイスン大佐、そして数名の士官たちが集まっていた。 「昨日、北と南の前進拠点を失った。現在、敵は要塞を三方から包囲している状態だ」 地図上に敵の位置が示される。帝国軍は要塞の周りに効率的に配置され、我々の動きを封じていた。 「敵の総数は約2000、こちらは残り約600」シバタ大尉は厳しい表情で続けた。「数の上では不利だが、要塞の壁があるかぎり持ちこたえられる」 「問題は補給だな」グレイスン大佐が言った。「このままでは一週間が限度だ」 確かに補給は深刻な問題だ。敵に包囲された状態では、食料や医薬品、武器の補充ができない。 「ソウイチロウ補佐官」シバタ大尉が俺を見た。「君の意見を聞かせてくれ」 全員の視線が俺に集まる。昨日の敗北で自信を失ったが、今は立ち直るしかない。 「昨日の戦いで、ラドルフの戦術の特徴が見えてきました」俺は冷静に語り始めた。「彼の軍は完全に統制されています。それは強みでもあり、弱点でもあります」 「弱点?」グレイスン大佐が眉を上げた。 「はい」俺は頷いた。「あれほど完璧な統制には限界があるはずです。フェリナ情報将校によれば、ラドルフの『支配』には範囲の制限があると」 「なるほど」シバタ大尉が理解を示した。「つまり、彼の注意を分散させれば……」 「そうです」俺は地図を指さした。「小規模な奇襲部隊を複数編成し、敵の陣地を撹乱する。彼らが混乱している間に、我々の主力が突破口を開く」 作戦室が静まり返った。皆、俺の提案を検討している。 「危険な賭けだな」グレイスン大佐が言った。「奇襲部隊は高い確率で戻ってこれない」 「はい」俺は正直に認めた。「しかし、このまま包囲されても同じ結果です。打開策が必要です」 シバタ大尉はしばらく考え込んでいたが、やがて決断を下した。 「採用しよう。だが、奇襲部隊は志願者のみで編成する。強制はしない」 俺は安堵の息を吐いた。作戦が採用されたことに安心したが、同時に重い責任も感じる。この作戦で多くの命が失われる可能性もあるのだから。 「では、具体的な計画を立てよう」 作戦の詳細が議論される中、俺はセリシアと共に奇襲部隊の編成と行動計画を練った。三つの小部隊を編成し、それぞれ別方向から敵陣に侵入。敵の注意を引く間に、主力部隊が南側から突破を試みる。 会議が終わり、作戦の準備が始まった。俺は奇襲部隊の志願者募集に立ち会った。危険な任務だと説明したにもかかわらず、多くの兵士が名乗り出てくれた。彼らの勇気に、胸が熱くなる。 「では、作戦開始は正午だ」シバタ大尉が最終確認をした。「それまでに準備を整えよ」 「はっ!」 全員が敬礼し、各自の持ち場に散っていった。 *** 準備の終わった俺は、要塞の城壁の上から敵陣を観察していた。朝日が昇り、徐々に戦場全体が明るくなっていく。敵は整然と配置され、要塞を包囲している。中央には赤い旗が見える。ラドルフの指揮所だ。 「準備はできたわ」 背後からセリシアの声がした。彼女は昨日より冷静な表情をしていた。 「ありがとう」俺は振り返って言った。「奇襲部隊は?」 「全て整っています」彼女は報告した。「各20名、計60名が準備完了です」 60名の勇敢な兵士たち。彼らは自分たちの命を賭けて、突破口を開こうとしている。 「主力突破部隊は?」 「シバタ大尉が直接指揮します」彼女は言った。「約200名で編成されています」 残りの兵力は要塞の防衛に残る。綱渡りのような作戦だが、これしか打開策はない。 「セリシア」俺は少し言いづらそうに切り出した。「昨日は、俺の判断が甘かった。北の拠点を失ったのは俺の責任だ」 セリシアは少し驚いた表情をしたが、すぐに柔らかな目で俺を見た。 「誰にでもミスはあるわ」彼女は優しく言った。「それに、ラドルフは尋常な相手じゃない。誰が指揮していても、似たような結果になったと思うわ」 彼女の言葉に少し救われた気がした。 「ありがとう」俺は微笑んで言った。「でも、今日は絶対に勝つ。昨日の敗北を取り返すために」 「ええ」セリシアも決意を込めて頷いた。「私も全力で支援するわ」 二人で戦場を見つめていると、フェリナが近づいてきた。 「そろそろ時間です」彼女は緊張した面持ちで言った。「奇襲部隊が出発準備を整えています」 「わかった」俺は頷いた。「行こう」 三人で城壁を降り、中庭に集まった奇襲部隊の兵士たちのもとへ向かった。彼らは軽装備で、素早く移動できるよう準備している。その表情には緊張と決意が混じっていた。 シバタ大尉が彼らに最後の訓示を行っていた。 「諸君の勇気に敬意を表する」大尉は厳かに言った。「任務は単純だ。敵陣に侵入し、できるだけ混乱を起こせ。我々の主力が突破口を開くために必要な時間を稼ぐのだ」 兵士たちは固く頷いた。 「できれば全員の生還を望む」大尉は続けた。「だが、それが困難なことも承知している。諸君の名は、王国の歴史に刻まれるだろう」 厳粛な空気が流れる中、俺も彼らに向かって一言述べた。 「皆さんの勇気に感謝します」俺は心を込めて言った。「今日の作戦は俺が立案しました。皆さんの命を預かる責任を、重く受け止めています」 兵士たちの目に力が宿るのを感じた。 「敵は強いですが、必ず弱点があります」俺は続けた。「ラドルフの『支配』には限界がある。その隙を突けば、必ず勝機はあります」 最後の挨拶が終わり、奇襲部隊は三手に分かれて要塞の秘密の出口から出発していった。彼らは敵に気づかれないよう、慎重に動く。作戦の成否は彼らの手にかかっている。 「これで第一段階は完了だ」シバタ大尉が言った。「あとは時間との勝負だな」 俺たちは城壁に戻り、事態の推移を見守った。奇襲部隊は要塞の周囲の茂みや起伏を利用して、敵陣へと近づいていく。 約一時間後、北側で最初の動きがあった。突如として敵陣に混乱が生じ、黒煙が上がった。 「始まったか!」シバタ大尉が双眼鏡で確認した。「北の奇襲部隊が動いたぞ!」 続いて東、そして西からも同様の混乱が発生した。奇襲部隊が敵陣の補給車両や武器庫に火を放ったようだ。 「よし、敵が動いた!」大尉が喜びの声を上げた。「南側の敵が手薄になった!」 計画通り、敵は三方向からの奇襲に対応するため、兵力を分散させた。南側の包囲網が薄くなったのが見える。 「主力突破部隊、出撃!」 シバタ大尉の命令で、200名の主力部隊が要塞の南門から一斉に出撃した。彼らは敵の薄くなった包囲網を突破し、脱出路を確保しようとしている。 「行けっ!」 思わず声が漏れた。作戦は今のところ順調だ。敵は混乱し、我々の主力が突破しようとしている。 しかし、その時だった。 中央の赤い旗の下で、一つの動きがあった。赤い甲冑に身を包んだ騎士が前に出て、何かの合図を出した。 「あれはラドルフ!」セリシアが声を上げた。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第19話「死者たちの夜」

夜の野営地は、沈黙に包まれていた。戦いは一時休止し、兵士たちは明日に備えて休息を取っている。だが、その空気は重く、喪失感に満ちていた。 俺は医務室のテントで、負傷者のリストを手に取っていた。今日の戦いで100名以上の兵が失われ、さらに多くの負傷者が出た。その名簿を読み上げる手が、微かに震えている。 「スタークス、重傷、右腕切断……」 「ウィリス、中傷、腹部裂傷……」 「ホーガン、重傷、肺に矢、危篤……」 一つ一つの名前が、心に重くのしかかる。彼らは俺の作戦で傷ついた。その責任は、俺にある。 「まだ起きていたのね」 テントの入り口が開き、セリシアが入ってきた。彼女の表情は疲れていたが、それでも冷静さを保っていた。 「ああ」俺は名簿から顔を上げずに答えた。「負傷者のリストを確認してるんだ」 セリシアは黙って俺の隣に座った。 「自分を責めてるのね」 鋭い指摘に、少し身を縮めた。 「当然だよ」俺は静かに言った。「俺の作戦で、皆が傷ついた。カイルたちは……戻ってこなかった」 セリシアはしばらく黙っていたが、やがて優しく言った。 「これも戦争よ」 その言葉に、思わず顔を上げた。 「戦争では、誰かが命令を下し、それに従って兵士たちが戦う」彼女は冷静に説明した。「そして必ず、犠牲は出る。それが避けられないことは、軍人なら誰もが知っている」 「でも……」 「カイルたちは、任務を理解した上で志願したのよ」セリシアは俺の目をまっすぐ見た。「彼らは英雄として死んだ。多くの仲間を救うために」 その言葉で胸が熱くなった。確かに彼らは勇敢だった。そして、彼らの犠牲があったからこそ、主力部隊の大半が帰還できた。 「それでも……」 俺の言葉が途切れた時、医務室の奥から呻き声が聞こえた。重傷を負った兵士の一人だろう。その痛みを和らげようと、衛生兵が動く音が聞こえる。 「本当の責任は、ラドルフにあるわ」セリシアは静かに言った。「彼が攻めてこなければ、こんな戦いにはならなかった」 確かにその通りだ。しかし、それで俺の心の重荷が軽くなるわけではない。 「ソウイチロウ」セリシアの声が少し柔らかくなった。「あなたはまだ若い。戦場の現実に直面するのは、いつだって辛いものよ」 彼女の言葉に、少し救われた気がした。セリシアは普段厳しいが、今夜は優しかった。彼女もまた、この戦いの重さを感じているのだろう。 「ありがとう」俺は素直に言った。「少し気が楽になったよ」 セリシアは小さく微笑んだ。 「明日も戦いは続くわ」彼女は立ち上がった。「少しでも休んだ方がいいわよ」 「そうだね」 セリシアはテントを出て行った。残された俺は、まだ手元の名簿を見つめていた。最後のページには、戦死者のリストがある。そこにはカイルの名前も記されていた。 「カイル・ブランデル、戦死……」 俺は声に出して読み、深く息を吐いた。これが現実だ。彼は戻ってこない。二度と冗談を言い合うことも、共に酒を飲むこともない。 テントを出ると、夜空には無数の星が輝いていた。美しい光景だが、今の俺には虚しさしか感じられない。夜風が肌を刺すように冷たい。 ふと見ると、要塞の片隅に小さな明かりが見えた。誰かいるのだろうか。気になって足を向けると、そこにはフェリナが一人、小さな蝋燭を前に座っていた。 「フェリナ?」 彼女は振り返り、俺を見上げた。目が赤くなっていた。泣いていたのだろうか。 「ソウイチロウ……」 「すまない、邪魔したかな」 「いいえ」彼女は小さく首を振った。「ちょうどいいわ。少し話をしたかったの」 俺は彼女の隣に座った。蝋燭の明かりが揺れる中、彼女の横顔が浮かび上がっていた。 「これは、私の国の弔いの仕方よ」フェリナは蝋燭を見つめながら言った。「命を落とした者のために、光を灯す……彼らの魂が闇に迷わないように」 「美しい習慣だね」 俺も蝋燭を見つめた。その小さな炎が、夜風にかすかに揺れている。 「今日の戦いで、私の同胞も何人か命を落としたわ」フェリナは静かに言った。「帝国軍として戦っていた彼らだけど、それでも同じ国の出身……」 彼女の声には悲しみが滲んでいた。敵として戦う同胞を想う気持ち、それはどれほど複雑なものだろう。 「戦争は残酷だね」俺は呟いた。 「ええ」フェリナは頷いた。「そして、ラドルフはその残酷さを極限まで突き詰めた男よ。彼は兵士を駒としか見ていない。消費可能な資源として」 フェリナの声に憎しみが混じる。彼女とラドルフの因縁は、想像以上に深いのかもしれない。 「あなたは違うわ」突然、彼女が俺を見つめた。「あなたは兵士たちの命を大切にしている。だからこそ、今こうして苦しんでいる」 「フェリナ……」 「忘れないでほしい」彼女は真剣な眼差しで言った。「あなたのような指揮官が必要なの。死者を悼み、生きる者の命を大切にする人が」 彼女の言葉が心に沁みた。そうだ、俺は忘れてはいけない。カイルたちの死も、傷ついた兵士たちの痛みも。それを心に刻み、次の戦いに活かさなければ。 「ありがとう」俺は心から言った。「君の言葉に、少し勇気をもらえたよ」 フェリナは小さく微笑んだ。その微笑みには悲しみが混じっていたが、それでも美しかった。 「それと……」彼女は言いにくそうに続けた。「ラドルフについて、もう少し話せることがあるわ」 「え?」 「彼の『赤い目』は、単なる異形ではないの」フェリナは蝋燭の炎を見つめながら言った。「それは禁忌の魔術の結果よ。『魂の鎖』と呼ばれる古代の術だと言われている」 「魂の鎖?」 「兵士たちの精神を部分的に支配する力」彼女は静かに説明した。「完全な洗脳ではなく、恐怖と服従を植え付ける術だと言われているわ」 そんな力があるのか。それなら、あの異様な統制も説明がつく。 「でも、その力には代償があるはず」フェリナは続けた。「限界があるわ。全ての兵を同時に支配することはできないし、効果も永続ではない」 「それが弱点か……」 「弱点を突くためには、もっと情報が必要ね」フェリナは決意を込めて言った。「私、明日の戦いでもっとラドルフを観察するわ」 「危険だよ」俺は心配した。「彼は君を知っているかもしれない」 「大丈夫、直接戦場には出ないから」彼女は少し微笑んだ。「でも、情報なしでは彼には勝てないわ」 確かにその通りだ。ラドルフという男を倒すには、彼の弱点を知る必要がある。 「わかった」俺は頷いた。「でも、無理はするなよ」 二人は再び蝋燭の炎を見つめた。小さな光だが、この暗い夜に希望を感じさせる。 「フェリナ」俺は静かに言った。「俺も、その弔いに参加してもいいかな」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第20話「読みが砕けた日」

朝靄の中、俺は要塞の最上階にある見張り台に立っていた。援軍の到着で戦況は一変し、三日目の今日は敵の姿が見えない。どうやら、昨夜のうちに帝国軍は撤退したようだ。 これは勝利と言えるのだろうか。確かに、要塞は守り切った。しかし、多くの命が失われた。カイルをはじめとする仲間たちは帰らぬ人となった。 「ここにいたか」 背後から落ち着いた声がした。振り返ると、アルヴェン将軍が立っていた。昨日の援軍と共に、将軍自ら前線に来ていたのだ。 「将軍!」 慌てて敬礼した。 「休めて良い」将軍は穏やかに言った。「朝から何を考えている?」 「はい……」俺は少し躊躇いながら答えた。「戦いの振り返りを」 将軍は頷き、俺の隣に立って遠くを見た。朝日が徐々に靄を晴らし、戦場となった平原が見えてきた。 「報告は受けた」将軍はゆっくりと言った。「君の判断と働きは、要塞防衛に大きく貢献した」 「いえ……」俺は言葉に詰まった。「私は多くの失敗をしました。北の拠点は陥落し、カイルたちは……」 将軍は静かに俺の言葉を遮った。 「戦場の責任は最終的に私にある」彼は言った。「そして、戦いにはいつも犠牲が伴う。それは避けられないことだ」 将軍の言葉には重みがあった。彼は何十もの戦場を経験してきたのだろう。その背中には、数え切れないほどの決断と、失われた命の重さが乗っているように感じられた。 「とはいえ」将軍は続けた。「君は初めて本当の試練に直面したのだろう。ラドルフは並の指揮官ではない」 「はい……」 俺は素直に認めた。ラドルフの前では、俺の「読み」は完全に通用しなかった。それは、前世でも現世でも初めての経験だった。 「ソウイチロウ」将軍が真剣な眼差しで俺を見た。「読みは万能ではない」 その言葉に、胸に痛みを感じた。将軍は続けた。 「君の才能は確かだ。その『読み』の力は、多くの戦いで勝利をもたらした。だが、それだけでは足りない場合もある」 「では、どうすれば……」 「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」将軍は古い格言を引用した。「君はラドルフを知った。そして、己の限界も知った。次はその先だ」 将軍の言葉に、わずかな希望を感じた。確かに、俺は敗北したが、その敗北から学ぶことができる。ラドルフの戦術、「魂の鎖」の限界、そして自分の「読み」の弱さも。 「君の読みは、流れを捉える力だ」将軍は続けた。「だが、ラドルフは流れそのものを支配しようとする。では、君はどうすべきか」 俺は考え込んだ。将軍の問いかけには深い意味がある。 「読みが通じないなら……」俺はゆっくりと言葉を紡いだ。「自分が流れを創るしかありません」 将軍の顔に小さな微笑みが浮かんだ。 「その通りだ」彼は頷いた。「読むだけでなく、創ることも必要だ。受け身ではなく、能動的に流れを作り出すのだ」 その言葉に、新たな視点が開けたような気がした。前世での麻雀でも、単に相手の手を読むだけでなく、自分の手を最大限に活かす戦略が必要だった。同じことが、この戦場でも言えるのだ。 「これからどうするつもりだ?」将軍が尋ねた。 「ラドルフとの戦いは、まだ終わっていないですよね?」 「ああ」将軍は厳しい表情になった。「彼は撤退したが、諦めてはいない。恐らく次の戦場で待ち構えているだろう」 「ならば」俺は決意を固めた。「もっと彼について学び、次の戦いに備えます。そして、今度は勝ちます」 将軍は満足げに頷いた。 「良い心構えだ」彼は言った。「では、今日は少し休め。明日から新たな準備が始まる」 将軍が去った後も、俺は長い間、朝の光に照らされる平原を見つめていた。ラドルフとの戦いは始まったばかりだ。次は、もっと準備して臨まなければならない。 *** 午後、俺は要塞の中庭で一人、小石を並べていた。それぞれの石には印をつけ、兵士や騎兵、弓兵などを表している。これをタロカの牌に見立てて、戦術を組み立てる練習だ。 「また変わったことをしているのね」 セリシアの声がして、俺は顔を上げた。彼女は好奇心に満ちた表情で俺の作業を見ていた。 「ああ」俺は笑った。「タロカの感覚で戦術を考えてみようと思ってね」 「面白いわね」彼女は隣に座った。「説明してくれる?」 「これは我々の兵力」俺は白い石を指した。「そしてこれが敵」黒い石を示す。「これを牌のゲームだと考えると、どんな『役』を作れるかが勝負になる」 「なるほど」セリシアは興味深そうに頷いた。「それで、いい『役』は思いついた?」 「まだだよ」俺は正直に答えた。「ラドルフの『魂の鎖』をどう崩すかが課題だ」 セリシアは真剣な表情になった。 「フェリナから聞いたわ」彼女は言った。「彼の力には限界があるって」 「そう」俺は頷いた。「彼から離れるほど、効果は弱まる。そして、日没後に特別な儀式を行うらしい」 「それが弱点ね」 「でも、それだけでは不十分だ」俺は石を動かしながら言った。「彼の戦術は完璧に近い。我々が次に何をするか、常に先読みしているように見える」 「だから、予測できない動きをする必要があるわけね」セリシアは鋭く指摘した。 「その通り」俺は笑った。「君はやっぱり頭がいいな」 セリシアは少し照れたように視線をそらした。 「単なる論理的思考よ」彼女はそっけなく言ったが、頬が少し赤くなっていた。 二人でしばらく石を動かし、様々な戦術パターンを試してみる。 「ところで」セリシアが不意に口を開いた。「フェリナとラドルフの間に何かあるみたいね」 「ああ」俺は慎重に言葉を選んだ。「彼女の父親が、ラドルフによって陥れられたらしい」 「そう……」セリシアの表情が曇った。「彼女にとっては単なる戦争じゃないのね」 「彼女は強いよ」俺は言った。「あんな過去を抱えながらも、冷静に情報を集め、分析している」 「ええ」セリシアは同意した。「彼女は尊敬に値する」 会話が途切れ、二人はまた石を動かし始めた。しばらくして、セリシアが立ち上がった。 「夕食の時間ね」彼女は言った。「食べに行かない?」 「ああ、もう少ししたら行くよ」 セリシアは軽く会釈して去っていった。残された俺は、石の配置を見つめながら考えを巡らせた。 (ラドルフは「流れを殺す」者……) 彼の戦術は、まさに流れそのものを支配する。自然な流れを殺し、自分の思い通りに状況を作り出す。それに対抗するには、俺も同じように能動的にならなければならない。 俺はポケットからタロカの牌を取り出した。戦場に持ち出すのは不謹慎かもしれないが、この牌を見るとどこか落ち着く。前世での麻雀牌に似た安心感がある。 牌を並べ、様々な「役」を作りながら、俺は戦術を練った。ラドルフに対抗する方法、「魂の鎖」を断ち切る方法。 日が落ち、中庭が暗くなり始めると、フェリナが近づいてきた。 「まだ考えてるの?」彼女は優しく声をかけた。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人