第16話「勝ち続けた代償」
「これで四連勝か……」 作戦室を出る際、俺は思わず小声で呟いた。今日も小規模な国境警備作戦が成功し、帝国軍の偵察部隊を撃退した。先日の正式補佐官への任命から一ヶ月が経ち、俺の手がけた作戦はすべて成功している。 「お前の『読み』はマジですげぇな」 隣を歩くカイルが肩を叩いてきた。今ではすっかり気安い仲だ。 「そんなことないよ」 謙遜しながらも、内心では満足感を覚えていた。前世では雀荘で連勝することもあったが、この世界での連勝は人々の命を救う結果に直結する。その重みは比べものにならない。 「いや、本当にすごいよ」カイルは真摯に言った。「あんな風に敵の動きを予測できるなんて。今日の伏兵の配置だって完璧だった」 「運が良かっただけさ」 「運じゃねぇよ」カイルは少し呆れ顔で言った。「兵たちの間じゃ『戦術の神童』なんて呼ばれてるんだぜ?」 「やめてよ、照れるじゃん」 廊下の曲がり角で、シバタ大尉とバロン大佐が話しているのが見えた。バロン大佐は依然として俺に対して批判的だ。彼らに気づかれないよう、足を止める。 「あの補佐官は確かに才能がある」バロン大佐の低い声が聞こえてきた。「だが、あまりに順風満帆すぎる。本当の試練を経ていない」 「彼は実戦で結果を出している」シバタ大尉が冷静に反論した。 「連戦連勝は必ずしも良いことではない」バロン大佐は厳しい口調で言った。「特に若い指揮官にとっては。過信を生む」 二人は歩き去り、声が聞こえなくなった。 「気にするなよ」カイルが言った。「バロン大佐はいつもそうだ。どんな若手にも厳しい」 「うん……」 だが、その言葉は心に引っかかった。本当の試練? 過信? 俺はそんなふうになっているのだろうか。 「あ、俺はここで戻るわ」カイルが言った。「また明日」 「ああ、またな」 一人になった俺は、司令部の中庭に足を向けた。夕暮れ時の静かな空間で、少し考えをまとめたかった。 中庭のベンチに座ると、最近の作戦を振り返る。確かに、すべて成功している。帝国軍の動きを読み、先手を打ち、最小限の犠牲で勝利を重ねてきた。誰もが俺の才能を認め始めている。 (麻雀でこんなに連勝したら、絶対にのぼせ上がってたよな……) 前世の記憶が蘇る。高校生の頃、県大会で準優勝したときの浮かれた気分。だが、その後すぐに調子を崩し、大会での惨敗。そして焦りから勉強をおろそかにし、受験に失敗した。 「あら、こんなところで何をしているの?」 突然の声に顔を上げると、セリシアが立っていた。 「ああ、セリシア」 彼女は隣に座り、夕焼けを見上げた。 「今日の作戦も成功だったわね。おめでとう」 「ありがとう。君の分析があったからこそだよ」 セリシアは少し笑った。最近は二人の間にも自然な空気が流れるようになっていた。 「作戦会議ではバロン大佐の表情が険しかったわね」 「ああ……さっき廊下で聞いちゃったんだ」俺は素直に告白した。「俺が『過信』していると言ってた」 「バロン大佐は経験豊富な指揮官よ」セリシアは静かに言った。「彼の言葉には一理あるかもしれないわ」 「君もそう思う?」 セリシアはしばらく黙っていたが、やがて真摯な表情で俺を見た。 「率直に言うと……あなた、少し勝ちに慣れすぎているんじゃないかしら」 その言葉に、少し心が痛んだ。 「勝ち慣れたらまずいのか? 勝てばいいんだろ?」 思わず反発するような言い方になった。セリシアは少し眉をひそめた。 「勝つことは大事よ。でも、勝ち方も重要」彼女は冷静に言った。「最近のあなたは、少し荒っぽくなっている気がする」 「荒っぽい?」 「ええ」彼女は真摯に続けた。「先週の北峠の作戦では、偵察隊を危険な位置に配置したわ。結果的には敵を発見できたけど、もし読みが外れていたら……」 言葉が胸に刺さった。確かに、最近は「勝てる」という自信から、少し大胆な作戦を取るようになっていた。 「みんなは私の判断を信頼してくれてるから……」 「そうよ。だからこそ、より慎重になるべきじゃないかしら」 風が吹き、セリシアの髪が揺れた。その横顔は厳しくも優しい。 「ごめん」素直に謝った。「少し調子に乗ってたのかもな」 「謝らなくていいわ」彼女は表情を和らげた。「あなたの才能は本物。だからこそ、それを最大限に活かせるように……」 「わかってる」俺は頷いた。「もっと慎重になるよ。約束する」 セリシアは安心したように微笑んだ。 「そういえば」彼女は話題を変えた。「明日、大きな作戦会議があるわ。東部国境での新たな任務について」 「東部? あそこは最近帝国軍の動きが活発だって聞いたけど」 「ええ」彼女は少し表情を引き締めた。「情報によれば、向こうにはかなり強力な指揮官がいるらしいわ」 「名前は?」 「ラドルフという男よ」セリシアは静かに言った。「『赤眼の魔将』と呼ばれているわ」 「赤眼……?」 「噂では、彼の指揮する部隊は異様なほど統制がとれているらしい」セリシアは続けた。「まるで操り人形のようだと」 何か不吉な予感がした。今までとは違う種類の敵のようだ。 「フェリナなら、もっと詳しいことを知ってるかもしれないわ」セリシアが言った。「彼女はエストレナ帝国の出身だし」 「そうだね、聞いてみよう」 二人は立ち上がり、司令部へと戻った。夕焼けが徐々に深まり、空が赤く染まっていく。なぜか、その赤さが「赤眼の魔将」という言葉と重なって見えた。 *** 翌朝、大会議室に幹部たちが集まった。アルヴェン将軍を中心に、各部隊の指揮官や参謀たちが着席している。俺とセリシアも席に着いた。 「諸君」将軍が会議を始めた。「東部国境の状況が緊迫している。帝国軍の大規模な移動が確認された」 壁に掛けられた大きな地図を指し示しながら、将軍は説明を続けた。 ...