第13話「無視された指揮官、評価される補佐官」

「作戦は中止せざるを得なかった。敵は我々の動きを先読みし、伏兵を配置していた。しかし我が部隊の臨機応変な対応により、最小限の被害で撤退に成功した」 軍本部での報告会で、シバタ大尉はそう語った。彼の報告は事実に即していたが、肝心な部分——誰がその「臨機応変な対応」を発案したのか——については触れていなかった。 アルヴェン将軍は黙って聞いていたが、その眼差しには何かを見抜いているような鋭さがあった。報告が終わると、彼は静かに質問を投げかけた。 「その『臨機応変な対応』とは、具体的にどのようなものだったのかね?」 シバタ大尉は一瞬躊躇った。 「西側丘陵に偽装陣地を展開し、敵を欺いたのです。彼らは我々の数を実際より多く見積もり、積極的な攻撃を控えたようです」 「それは誰の発案だった?」 将軍の鋭い質問に、大尉は言葉に詰まった。 「現場の判断で……」 「大尉の指示だったのか?」 「……部隊全体の臨機応変な対応です」 シバタ大尉は直接的な回答を避けた。彼の立場からすれば、若い見習い参謀の提案で行動したと認めるのは、自身の指揮権と判断力を疑われることにつながる。特に、当初はその提案を退けていたという事実を考えれば、なおさらだ。 アルヴェン将軍はしばらくシバタ大尉を見つめた後、セリシアに目を向けた。 「セリシア少佐、君の見解は?」 セリシアは一歩前に出た。彼女は常に記録を取っている魔導記録石を手に持っていた。 「将軍、記録石による客観的な記録を提示してもよろしいでしょうか」 将軍が頷くと、セリシアは記録石を操作し、空中に映像を映し出した。そこには作戦前の議論から、偽装作戦の実行、そして撤退までの流れが淡い光で再現されていた。 「エストガード補佐官見習いは作戦開始前から西側の危険性を指摘していました。彼は帝国軍の戦術パターンと地形分析から、伏兵の存在を予測していたのです」 セリシアは冷静かつ客観的に事実を述べた。彼女の記録によれば、俺の提案はシバタ大尉に退けられたが、その後独自に少数の兵士を動かして偽装作戦を実行したこと、そしてそれが部隊全体の安全な撤退を可能にしたことが明らかだった。 「しかし、彼の行動は指揮系統を無視したものでした」 彼女は公平を期すように付け加えた。 「だが、結果として正しかったわけだな」 将軍の言葉に、会議室が静まり返った。 シバタ大尉の表情は複雑だった。自分の判断ミスを間接的に指摘されたことになるが、かといって直接非難されたわけでもない。彼の目には悔しさと共に、責任感から来る自責の念も浮かんでいた。失敗を認められない立場だからこそ、苦しいのかもしれない。 「セリシア少佐、彼の判断は単なる偶然の産物だったのか?」 将軍の質問に、セリシアは記録石を再び操作した。 「いいえ、将軍。私は作戦後にエストガード殿の分析過程を詳細に記録しました。彼の判断は論理的分析に基づいていました」 記録石には俺の分析過程が再現されていた。敵の偵察パターン、地形の特性、補給隊の動きの不自然さ——これらをパズルのように組み合わせ、最終的な結論に至るまでの思考過程が示されていた。 「この行動は論理的だ」 セリシアはそう結論づけた。彼女の言葉には、以前には見られなかった敬意のようなものが含まれていた。 「では、エストガード」 将軍が直接俺に向き合った。 「君自身は、この判断についてどう説明する?」 俺は一歩前に出た。 「将軍、私は帝国軍の動きを『牌譜』として読みました」 「牌譜?」 「はい。タロカでは、相手の捨て牌やプレイパターンから手の内を推測します。今回も同様に、敵の行動パターンから彼らの意図を読み取ったのです」 「具体的に」 「帝国軍は通常、補給ルートを複数確保し、偽装経路も用意します。今回、あまりにも容易に発見された補給ルートは、明らかに囮でした。また、西側丘陵は視界が制限される地形で、伏兵に最適です」 俺は淡々と説明を続けた。 「さらに、補給隊の動きのタイミングが、我々の捜索パターンと完全に一致していたことから、彼らは我々の行動を予測し、罠を張っていたと判断しました」 将軍は静かに頷いた。 「感覚ではない、技術としての"読み"だな」 「はい、将軍」 アルヴェン将軍は思案顔で椅子に深く腰掛けた。しばらくの沈黙の後、彼は決断を下した。 「シバタ大尉、君の指揮下で部隊が安全に撤退できたことは評価する。しかし、若い参謀の忠告に耳を傾けることも、指揮官の資質として重要だ」 大尉は硬い表情で頷いた。 「エストガード、君は指揮系統を無視した。それは軍規違反だ」 俺は頭を下げた。 「しかし、その判断が多くの命を救ったこともまた事実だ。今後はより適切な形で君の才能を活かせるよう、体制を整える必要があるだろう」 報告会が終わった後、参謀たちの間で小さな議論が始まった。 「あの若造、実は相当な戦術眼を持っているのかもしれんな」 「運が良かっただけだろう」 「いや、セリシアの記録を見れば明らかだ。あれは単なる偶然ではない」 軍内での俺の評価が、少しずつ変化し始めているのを感じた。 書類室に戻ると、ある若い伝令兵が声をかけてきた。 「エストガード殿、兵士たちの間であなたの噂が広まっています」 「噂?」 「はい。『タロカの戦術家』と呼ばれています。カーン一等兵たちが広めたようです」 俺は小さく笑った。 「俺はまだまだ未熟ですよ」 伝令兵は少し身を乗り出して言った。 「でも、あなたの判断が正しかったことは、現場にいた全員が知っています。シバタ大尉も、表向きは認めていませんが、内心では分かっているはずです」 その言葉は、少なからず俺の胸に温かさをもたらした。 *** 夕刻、セリシアが俺の作業スペースを訪れた。 「記録石を見直してみたわ」 彼女は静かに言った。 「あなたの行動には、当初私が思っていた以上の論理性がある」 「ありがとうございます」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第14話「もう一つの賭け」

「無事に戻ってきたな」 北方軍総司令部の大広間で、アルヴェン将軍はシバタ大尉の報告を聞き終えると、満足げに頷いた。任務から戻った我々は、将軍に直接報告を行っていたのだ。 「はい。補給基地は守り、敵を撃退しました」 シバタ大尉が敬礼すると、将軍は俺たちの方に視線を向けた。 「ソウイチロウ補佐官、セリシア少尉、ドーソン少佐。諸君の働きぶりも報告書に詳しく記されている。よくやった」 「ありがとうございます」 三人同時に敬礼した。将軍の視線が特に俺に向けられていることを感じる。 「ソウイチロウ」将軍が俺を呼んだ。「君の『読み』が今回の作戦を成功に導いたと聞いた」 「いえ、皆の協力があってこそです」 謙遜するものの、内心では誇らしさを感じていた。 「シバタ大尉の報告によれば、君は敵の動きを正確に予測し、囮作戦も実行したそうだな」 「はい……」 「初めての実戦でよくやった」将軍は温かい目で言った。「だが、規律を無視した行動は慎むように」 「申し訳ありません」 「結果が全てではない」将軍は厳しくも優しい口調で続けた。「次からは正規のルートで進言するように」 「はい、肝に銘じます」 「よし」将軍は全員に向き直った。「諸君は休息を取るがよい。数日間の休暇を与える」 「ありがとうございます!」 全員が敬礼し、解散した。大広間を出ると、シバタ大尉が俺の肩を叩いた。 「よかったな。将軍も君の才能を高く評価している」 「ありがとうございます」 「数日の休暇、ゆっくり体を休めるといい」シバタ大尉は穏やかに言った。「次の任務はもっと重要になるかもしれんからな」 「はい」 シバタ大尉は会釈して去っていった。ドーソン少佐も無言で頷くと、別の方向へ歩いていく。残ったのは俺とセリシアだけだ。 「よかったわね」セリシアが言った。「将軍の評価は高いわよ」 「そうみたいだね」 「私も久しぶりに休暇ね」彼女は少し考え込むように言った。「何をしようかしら」 「僕は……たぶん寝るかな」 緊張の連続だった日々を思い返し、ふと疲れを感じた。セリシアは少し笑った。 「あなたらしいわ。でも、確かに休息は大事ね」 「セリシアは何をするの?」 「私?」彼女は少し考えて答えた。「図書館で軍事書を読むかもしれないわ」 「休暇なのに?」 「知識は力よ」彼女はきっぱりと言った。「特に、あなたのような天性の才能に負けないためには」 「競争してるわけじゃないよ」 「わかってる。でも、私も役に立ちたいの」 彼女の真摯な表情に、少し心が動いた。セリシアは本当に真面目だ。 「じゃあ、また数日後に」 「ええ、お互い体を休めましょう」 二人は別れ、それぞれの方向へ歩いていった。 *** 「はぁ〜、やっと一息つける」 自分の部屋に戻ると、俺は文字通りベッドに倒れ込んだ。北方軍総司令部に来てから最も激しい数日間だった。実戦、敵との戦闘、そして自分の判断が人の命を左右するという重圧。 「前世じゃ、こんな経験絶対なかったよな……」 天井を見つめながら、前世の記憶が蘇る。高校生活、麻雀部の仲間たち、そして受験失敗。あの頃の自分からは想像もできなかった展開だ。 「あの時は麻雀しか取り柄がないって思ってたけど……」 皮肉なことに、その麻雀が今の自分を支えている。卓上の勝負で培った読みの感覚が、戦場で役立つとは。 ノックの音がして、考えが中断された。 「はい?」 ドアを開けると、カイルが立っていた。 「失礼します、補佐官殿」 「カイル、どうしたの?」 「兵たちが、お礼を言いたいそうです」彼は少し照れたように言った。「今晩、兵舎で小さな宴を開くんですが、よかったら……」 「宴会?」 「はい。本当は軍規に反するんですが……」カイルは小声で言った。「特別な夜なんです。補佐官殿がいなければ、あの戦いは勝てなかったかもしれない」 彼の誘いを断る理由はない。それに、兵士たちと交流を深めるのも悪くないだろう。 「わかった、行くよ」 「本当ですか?」カイルの顔が明るくなった。「ありがとうございます! 夜9時、第三兵舎でお待ちしています」 彼は嬉しそうに去っていった。俺は少し微笑んで、再びベッドに横になった。 (宴会か……楽しみではあるけど、ちょっと緊張するな) 麻雀部の打ち上げとは違う雰囲気だろう。それでも、命を分かち合った仲間との時間は特別なはずだ。 *** 夕食を終え、俺は第三兵舎へと向かった。夜の司令部は静かで、歩哨以外の人影はまばらだ。 第三兵舎に近づくと、中から抑えられた笑い声や話し声が聞こえてきた。扉を叩くと、すぐにカイルが出てきた。 「補佐官殿! お待ちしていました」 彼に導かれて中に入ると、約20人の兵士たちが輪になって座っていた。俺の姿を見るなり、全員が立ち上がって敬礼した。 「お、お休みください」 慌てて言うと、彼らは笑顔で座り直した。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第14話「もう一つの賭け」

激戦の余韻が残る中、俺たちの部隊は予定より一日早く撤退完了し、北方国境から三十キロほど内陸にある野営地に到着していた。安全圏に入ったという安堵感からか、兵士たちの間には緊張の解けた笑い声が聞こえ始めていた。 「おい、エストガード! こっちに来い」 カーン一等兵が声をかけてきた。彼の周りには、偽装作戦を手伝ってくれた仲間たちが集まっていた。 「何かあったんですか?」 「あったも何も、祝杯を上げようじゃないか。無事に帰還できたんだからな」 彼は小さな皮袋を取り出した。地元で作られた強い蒸留酒だ。 「でも、私はまだ……」 「大丈夫だ。君は十五歳かもしれんが、戦場をくぐり抜けたんだ。ちょっとくらいの酒は許されるさ」 断る理由も見つからず、俺は彼らの輪に加わった。火を囲み、兵士たちは次々と戦の思い出話を始める。恐怖や緊張を笑い話に変えることで、心の均衡を保とうとしているのだろう。 「エストガード殿、あなたはどうしてあの伏兵を予測できたんですか?」 若い二等兵が尋ねた。彼は作戦中に軽傷を負ったが、すでに包帯も外され、元気そうだった。 「タロカの技術です」 「タロカ? あの貴族の遊戯ですか?」 「はい。タロカでは相手の手の内を読むために、捨て牌や表情の変化を観察します。戦場でも同じです。敵の行動パターンに法則性を見つけ、次の一手を予測する」 「へえ、面白いな」 兵士たちは興味津々といった表情で俺の話に耳を傾けた。彼らの目には、以前のような軽蔑の色はなく、むしろ好奇心と尊敬のようなものが見えた。 「少しだけ教えてくれないか? タロカのやり方を」 そう言われて、俺は即席の説明を始めた。地面に線を引き、小石や木の実を使って牌に見立て、基本的な駆け引きを説明する。兵士たちは予想以上に熱心で、特にカーン一等兵は鋭い質問を投げかけてきた。 「なるほど、これは戦術にも使えるな」 彼は感心した様子だった。 「酒を飲むのか、エストガード?」 振り返ると、セリシアが立っていた。彼女は記録石を手に持っておらず、珍しく公務から解放されているように見えた。 「いえ、ほんの少しだけです」 「気をつけなさい。明日は早くから移動だから」 彼女はそう言い残すと、自分のテントに向かった。 野営地は暗くなり始め、兵士たちはそれぞれの休息場所に散っていった。俺も自分のテントへ向かおうとしたとき、小さな物音が聞こえた。 「誰か?」 視線を向けると、簡易テント群の間から影が動くのが見えた。伏兵の記憶がまだ新しく、俺は反射的に警戒した。しかし、それは敵ではなく、一人の女性だった。 一日の緊張から解放され、兵士たちは思い思いに休息を取っていた。俺も疲れた体を休めるため、少し離れた簡易浴場へと向かうことにした。 近づいて確認しようと一歩踏み出したとき、足元の石ころに躓いた。バランスを崩した俺は、勢い余って簡易テントの中に転げ込んでしまった。 「きゃっ!」 女性の悲鳴が上がった。目の前に広がったのは、上半身の装備を脱ぎ、シャツ一枚で着替えの最中だった女性の姿。赤褐色の髪、鋭い目つき——それはフェリナという名の女性兵士だった。彼女は北方軍に協力している元帝国貴族の娘で、情報分析を担当していると聞いていた。 「ご、ごめんなさい!」 俺は慌てて謝ったが、彼女は既に怒りに顔を赤くしていた。 「出てけ、変態!」 フェリナの怒声と共に、彼女の手にあった水筒が俺めがけて飛んできた。続いて靴、ブラシ、そして手当たり次第の物が雨のように降ってきた。 「わ、わかった! 出る!」 俺は必死に身を守りながら、テントから這い出た。しかし、外には既に数人の兵士が集まっていた。 「どうした? 悲鳴が聞こえたが」 「エストガード殿? 何があった?」 兵士たちの困惑した表情を前に、俺は言葉に詰まった。 「あ、あの、誤解です。転んで、テントに……」 説明しようとした矢先、テントの中からフェリナの声が響いた。 「このロクデナシ! 覗きは軍法会議ものよ!」 「覗いたわけじゃないんです! 本当に事故で!」 更に多くの兵士が集まり始め、状況は悪化の一途をたどっていた。 この出来事は単なる偶然だったが、フェリナとの最初の出会いとしては最悪だった。こんな形で顔を合わせてしまったことで、今後の協力関係にも影響するかもしれない。そう考えると、単なる恥ずかしさを超えた焦りを感じた。 「もうちょい余裕見せてくれても……いや、無理か」 俺は諦めて肩をすくめ、急いでその場を離れた。自分のテントに戻り、毛布にくるまりながら、赤面し続ける自分の顔を冷まそうとした。 タロカの勝負なら自信があったが、この種の「偶然」への対処は苦手だった。前世でも女性との接し方には自信がなく、麻雀仲間の女性とも距離を置かれがちだった。 (ここでも同じか……) そんな思いが頭をよぎるなか、テントの入り口が開いた。 「エストガード」 声の主はセリシアだった。彼女は冷静な表情で俺を見下ろしていた。 「さっきの騒ぎ、聞こえたわ」 「あ、あれは本当に事故で……」 「分かってる」彼女は手を上げて俺の言葉を遮った。「フェリナの性格は知ってるから。彼女は過剰に反応しやすいの」 「そうなんですか?」 「彼女はエストレナ帝国の元貴族の娘。家族の事情で王国側に協力することになったの。プライドが高く、警戒心も強いわ」 セリシアの説明に俺は頷いた。 「彼女は優秀な情報分析官よ。記憶力が特に優れていて、敵の戦術パターンを細部まで覚えている。あなたとは違う形で『読み』の才能を持っているのかもしれないわね」 「そうなんですか……」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第15話「認められた場所」

「朝からこんなに緊張するなんて、雀荘の店舗対抗戦以来だよ……」 作戦室に向かう廊下で、俺は小さく呟いた。昨日の休暇を終え、今日から任務再開。シバタ大尉からの伝言通り、朝9時に作戦室に集合することになっている。 昨夜は眠れなかった。フェリナとの一件もあるが、それ以上に、初めての実戦任務の結果がどう評価されるのか気になって仕方なかったのだ。 作戦室の前まで来ると、ドアの前で足が止まった。深呼吸をして、ノックをする。 「入れ」 アルヴェン将軍の重厚な声が響いた。 ドアを開けると、予想以上に多くの人が集まっていた。アルヴェン将軍を中心に、シバタ大尉、セリシア、ドーソン少佐、そして何人かの上級士官たち。全員が俺を見ている。 「あ、おはようございます」 思わず声が上ずった。 「おはよう、ソウイチロウ」アルヴェン将軍が穏やかに言った。「時間通りだな」 「は、はい……」 緊張のあまり、視線がさまよう。セリシアは冷静な表情で軽く頷いた。ドーソン少佐はいつもより柔らかい表情をしている。そして、部屋の隅に……フェリナがいた! 彼女と目が合った瞬間、二人とも顔を赤らめて視線をそらした。昨夜の一件が鮮明によみがえる。 「どうした? 具合が悪いのか?」将軍が訝しげに尋ねた。 「い、いえ! 大丈夫です!」 慌てて答える。フェリナの存在に動揺していることを悟られたくない。 「よし」将軍は満足げに頷いた。「では本題に入ろう」 将軍は机の上の報告書を手に取った。 「シバタ大尉から詳細な報告を受けた。補給路防衛任務は見事に成功したようだな」 「はい」シバタ大尉が答えた。「敵の奇襲を事前に察知し、被害を最小限に抑えることができました」 「そして、その功績の大半がこの若き補佐官にあると」 将軍の視線が俺に向けられた。部屋の空気が凛と引き締まる。 「い、いえ、皆の協力があってこそです」 思わず謙遜してしまう。だが、シバタ大尉はきっぱりと言った。 「そうですが、ソウイチロウ補佐官の『読み』がなければ、我々は敵の奇襲に気づけなかったでしょう」 「報告によれば」将軍は報告書に目を落とした。「彼は敵の動きの不自然さを察知し、独自の判断で警戒範囲を広げた。その結果、敵の奇襲を未然に防いだ」 部屋の中で数人の士官がざわめいた。中には不満そうな顔をしている者もいる。 「さらに翌日の戦いでも、敵指揮官を見抜き、効果的な対策を講じた」 将軍は報告書を置き、俺をまっすぐ見た。 「ソウイチロウ・エストガード」 「は、はい!」 思わず直立不動の姿勢になる。 「私は君を、北方軍の正式な補佐官に任命する」 衝撃が走った。見習いではなく、正式な補佐官。それは地位も責任も大きく変わることを意味する。 「あ、ありがとうございます!」 緊張のあまり、声が裏返りそうになった。 「これは恩赦ではない」将軍は厳格に言った。「君の実力を認めての任命だ。今後も北方軍の勝利のために、その才覚を発揮してもらいたい」 「はい! 全力を尽くします!」 俺が敬礼すると、シバタ大尉も満足げに頷いた。一方、部屋の隅では数人の士官が小声で何かを話し合っている。明らかに不満そうな様子だ。 「何か意見があるなら、堂々と述べよ」 将軍の声が鋭く響いた。士官たちはハッとしたように黙り込んだ。 「バロン大佐、君は何か言いたいことがあるようだな?」 白髪混じりの厳つい大佐が一歩前に出た。 「失礼します、将軍」彼は低い声で言った。「あまりにも唐突な昇進ではないでしょうか。彼はまだ軍に来て日が浅く、経験も浅い。もう少し様子を見るべきでは」 部屋の空気が凍りついた。 「バロン大佐」将軍は穏やかな口調ながらも、威厳を持って答えた。「軍において最も重要なのは何だ?」 「規律と経験です」 「半分は正しい」将軍は頷いた。「だが、もう一つ重要なものがある。それは『結果』だ」 将軍は立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めた。 「ソウイチロウ補佐官は確かに若く、経験も浅い。だが、彼は実戦で結果を出した。敵の動きを読み、被害を最小限に抑え、勝利に導いた。これ以上の証明が必要だろうか?」 バロン大佐は言葉に詰まった。 「私は才能を見逃さない」将軍は断固として言った。「彼の才能は特別だ。それを活かさない手はない」 バロン大佐は渋々頭を下げた。 「……承知しました」 将軍は再び俺に向き直った。 「正式な辞令は後ほど渡す。これからはより大きな責任を負うことになるが、恐れることはない。我々が支える」 「ありがとうございます」 胸がいっぱいになる感覚。前世では麻雀しか取り柄がなかった俺が、この世界では重要な地位を得た。不思議な感覚だ。 「会議は以上だ」将軍が言った。「諸君、解散」 全員が敬礼し、部屋を出ていった。俺も退室しようとしたとき、将軍が声をかけた。 「ソウイチロウ、セリシア、少し残ってくれ」 二人は足を止め、他の士官たちが部屋を出るのを待った。フェリナも去っていく。彼女とはまだちゃんと話せていない。 部屋が静かになると、将軍は少し表情を和らげた。 「正直に言うと、反対意見は他にもあった」彼は苦笑した。「君の年齢や経歴を問題視する声は少なくない」 「それは……理解できます」俺は素直に答えた。 「だが、私はそれを押し切った」将軍は真剣な眼差しで言った。「君の才能は、この戦局を変える可能性を秘めている」 「そんな大げさな……」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第15話「認められた場所」

北方軍本部への帰還から三日後、アルヴェン将軍からの呼び出しがあった。 「エストガード、今日15時に司令室へ来るように」 伝令が去った後、俺は少し緊張した。前線での行動に対する正式な評価が下されるのだろうか。それとも別の任務か? 定刻より少し早く司令室に到着すると、扉の前でセリシアと出会った。彼女も呼ばれていたようだ。 「緊張してる?」 彼女の問いに、俺は正直に答えた。 「少し」 「心配ないわ。将軍はあなたの才能を高く評価している」 彼女の言葉は励ましのようでもあり、事実の陳述のようでもあった。 司令室に入ると、アルヴェン将軍だけでなく、参謀長や幹部クラスの将校たち、そして驚くべきことに北方軍総監督官も同席していた。彼は王都から派遣された高官で、北方軍全体の監督権限を持つ人物だ。 「エストガード、前へ」 将軍の声に促され、俺は一歩前に出た。 「北部国境での任務遂行における貢献、ならびに卓越した戦術的判断力が認められ、本日をもって『北方軍司令部補佐官』に正式任命する」 将軍は堂々とした声で宣言した。「見習い」の文字が消え、正式な地位を得たことになる。それだけでなく、少尉相当の階級も与えられるという。 「ありがとうございます、将軍」 俺は深く頭を下げた。十五歳での少尉相当の階級は前例のないことだと言われていた。 「これは王の御名のもとに授けられる辞令だ」 総監督官が前に出て、正式な辞令書を手渡した。王国の紋章が刻印された重厚な紙には、俺の名と新たな職位が記されていた。 「若きエストガード殿の戦術的才覚は、我が北方軍にとって貴重な宝である」 総監督官はそう付け加えたが、その眼差しには何か別の色が混じっているように感じた。政治的な思惑、あるいは打算のようなもの。 「セリシア少佐」 次に将軍はセリシアを呼び、彼女にも新たな任命を告げた。彼女は情報分析部門の副官に昇進し、特に「新戦術研究」の分野を任されることになったという。 「エストガード殿との共同研究も期待している」と将軍は言った。 辞令交付式が終わると、将校たちが次々と二人を祝福した。表情は様々だ。心からの祝福を述べる者もいれば、形だけの挨拶をする者も。そして、明らかに不満そうな顔をする保守派の士官たちもいた。 「あんな子供が少尉相当とは片腹痛い」 「将軍のお気に入りだからな」 「タロカの遊びで軍の地位が得られるなら、誰でも将軍になれるわ」 小さな悪意のこもった囁きが聞こえてきた。それは予想していたことだ。実績を積み重ねた将校たちからすれば、たった一度の功績で地位を得た若造など、認めたくないのも当然だろう。 式の後、セリシアが俺に近づいてきた。 「おめでとう」 「あなたも昇進おめでとうございます」 彼女は少し表情を和らげた。 「あなたの戦術は異端よ」 その言葉に俺は驚いた。 「異端?」 「ええ。従来の軍学とは全く異なるアプローチ。タロカや『読み』を基礎にした戦術など、軍学校では教えていない」 セリシアは続けた。 「でも、否定できない。結果が全てを物語っている」 彼女の言葉には批判ではなく、むしろ専門家としての客観的評価が込められていた。 「これからは正式な補佐官として、より大きな責任を担うことになるわ。私も協力するわ」 彼女は伸ばした手を差し出した。俺はその手を握り返した。 「よろしくお願いします」 *** 式の後、本部内では俺の補佐官就任に関する様々な反応があった。大半の兵士たちは興味津々といった様子で、中には尊敬の眼差しを向ける者もいた。一方で、「お飾り」扱いする将校や、明らかに敵意を持つ者もいた。 特に保守派と呼ばれる古参将校たちの反応は冷ややかだった。彼らはアルヴェン将軍の革新的な方針に批判的で、俺の抜擢もその一環と見なしているようだった。 「あいつらは黙らせてみせる」 俺は自室に戻り、タロカの牌を並べながら静かに決意した。認められるためには、実績を重ねるしかない。 部屋のドアをノックする音がした。開けると、そこにはフェリナが立っていた。 「エ、エストガード殿」 彼女は言葉に詰まり、顔を少し赤らめた。野営地での一件以来、初めての対面だ。 「フェリナさん」 「あの、まず謝りたいことがあります。あの日は……過剰に反応してしまって……」 彼女は視線を落とし、言いづらそうにしていた。 「いえ、私こそ謝るべきです。不注意で転んだとはいえ、あなたのプライバシーを侵害してしまいました」 フェリナは少し安堵したように息をついた。 「実は報告に来たんです。私は情報分析官として、帝国軍の戦術家ラドルフについて調査していました」 彼女は公式の書類を取り出した。 「彼は『赤眼の魔将』と呼ばれる男で、帝国軍の中でも特異な戦術を使う人物です。私から見ると……あなたと似たところがあるかもしれません」 「私と?」 「はい。彼も牌の流れのような戦術を使うと聞いています。まるで盤面全体を支配するかのような戦い方をするようです」 フェリナの表情が一瞬暗くなった。彼女とラドルフの間には何かがあるようだった。 「もし機会があれば、また詳しく話したいです」 彼女はそう言うと、敬礼して部屋を出ていった。 その夜、俺は窓際に座り、老兵から貰ったタロカの牌を眺めていた。 「ようやく"卓"に座れたって感じだな」 静かに呟きながら、俺は小さく笑った。この世界に来てから約半年。前世で麻雀に没頭した日々が、ここでの自分の居場所を作る礎になるとは思ってもみなかった。 辞令書に書かれた「補佐官」の文字。それは単なる肩書きではなく、この世界での俺の「座」を示すものだった。 かつての自分なら、こうした場所で認められるとは思いもしなかっただろう。麻雀に没頭するだけの存在から、多くの命を預かる立場へ。その重責に身が引き締まる思いと同時に、ようやく自分の才能の意味を見出せた喜びも感じていた。 「次はどんな手が来るのかな」 そう言いながら、俺はタロカの牌を一枚一枚並べていった。牌と牌の間に生まれる「流れ」——それは戦場の動きと重なり、新たな戦いへの準備となっていく。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人