第11話「任務の始まりは不信から」
「あんな若造を連れて行くなんて、冗談じゃない!」 北方軍総司令部の作戦室から、怒鳴り声が漏れてきた。俺は報告書を持って部屋の前まで来たところだったが、ドアの前で足を止めた。 「ブレイク大佐、将軍の命令です」 シバタ大尉の冷静な声が返す。 「命令だろうと何だろうと、15歳の坊ちゃんを最前線に連れて行くなど、狂気の沙汰だ!」 「補佐官殿の観察眼は確かです。前回の偵察任務でも、彼の分析は正確でした」 「偵察と実戦は違う!」 肩身の狭い思いをしながら、俺はドアの前で立ち尽くしていた。どうやら、次の任務について議論しているようだ。前回の偵察任務から一週間が経ち、シバタ大尉から「次は君にも参謀として同行してほしい」と言われていたのだが……。 「何をしている?」 背後から声がして振り返ると、セリシアが立っていた。 「あ……ちょっと」 「会議が始まる前に入らないと」 彼女は俺のためらいを察したようだ。 「中で何か揉めてるみたいで……」 セリシアは小さく溜息をついた。 「またブレイク大佐でしょう。あの人はあなたの抜擢に最初から反対していたの」 「そうなんだ……」 「でも、将軍の決定には従うわ。さあ、一緒に入りましょう」 彼女の言葉に勇気づけられ、俺はドアをノックした。 「どうぞ」 中から声がして、セリシアと共に部屋に入る。作戦室には数名の士官が集まっていた。シバタ大尉、ドーソン少佐、そして赤ら顔の怒り顔の男性——恐らくブレイク大佐だろう。 「失礼します。報告書を持ってきました」 緊張しながら敬礼すると、ブレイク大佐は鼻を鳴らした。 「将軍のお気に入りか。どれほどの腕か見せてもらおうじゃないか」 その敵意のこもった視線に、思わず身構えてしまう。 「ブレイク大佐、会議を始めましょう」 ドーソン少佐が場を取り持ち、全員が机を囲んだ。大きな地図が広げられている。東部国境を示す地図だ。 「では、今回の作戦について説明する」 シバタ大尉が立ち上がり、地図を指した。 「我々の偵察で確認された通り、東部国境での帝国軍の動きが活発化している。彼らは特に、この補給路を狙っていると思われる」 地図上で示された道は、東部前線に物資を運ぶ重要なルートだった。 「この補給路を守るため、小規模な部隊を派遣する。私が指揮を執り、ドーソン少佐、セリシア少尉、そしてソウイチロウ補佐官が参謀として同行する」 ブレイク大佐が再び口を開いた。 「坊ちゃん補佐官を連れて行く意味など全く見出せんな」 「将軍の判断です」シバタ大尉は冷静に返した。「彼の『読み』の力は、敵の動きを予測するのに役立つと」 「『読み』だと? くだらん。戦場は子供のゲームではない」 「それは……」 「もういい」ブレイク大佐は手を振った。「将軍の命令なら従うまでだ。だが、彼が足手まといになれば、すぐに送り返せ」 「はい、大佐」 シバタ大尉は表面上は従順だが、その眼差しには反発が見える。 「任務の詳細に移ろう」 シバタ大尉は地図上の別の点を指した。 「我々はこの丘に陣を構え、下の谷を通る補給隊を警護する。敵の規模は小さい部隊と予想されるが、油断は禁物だ」 「こちらの兵力は?」ドーソン少佐が尋ねた。 「3個小隊、計60名だ」 「十分でしょう」セリシアが頷いた。「帝国軍が大規模部隊を投入するとは考えにくいです」 「そうだな」シバタ大尉は同意した。「では、詳細な配置について議論しよう」 会議は続き、具体的な作戦計画が練られていった。兵の配置、警戒体制、緊急時の対応など、様々な事柄が決められる。 俺は黙って聞いていたが、次第に疑問が湧いてきた。 「すみません」勇気を出して口を開いた。「一つ質問があります」 全員の視線が俺に集中する。特にブレイク大佐の冷ややかな目が痛い。 「なんだ?」シバタ大尉が促した。 「この補給路、なぜ帝国軍はわざわざここを狙うのでしょうか? もっと防備の薄い場所があるはずです」 「それは……」シバタ大尉が少し考え込んだ。 「明らかだろう」ブレイク大佐が口を挟んだ。「ここは最短ルートだ。他のルートは迂回が必要で時間がかかる」 「でも、そうであれば帝国軍も同じことを考えるはずです。つまり、我々が重点的に守ると予測できるはず」 「何が言いたい?」 「この情報は、少し露骨すぎると思います。まるで、わざと我々に気づかせているようなパターンに見えるんです」 部屋が静まり返った。 「子供の妄想だ」ブレイク大佐が鼻で笑った。「情報部の報告は確かだ」 「もっと具体的に説明してくれ」シバタ大尉は真剣に尋ねた。 「はい」俺は地図を指した。「帝国軍の動きがあまりにも目立ちすぎます。偵察でも確認できるほど露骨に部隊を移動させている。これは……」 麻雀での経験を思い出す。相手にわざと牌を見せて、別の手を隠す戦術。 「これは囮ではないかと思います。本当の目標は別にあるのではないか」 「どこだというのだ?」ブレイク大佐が挑むように言った。 「それは……まだわかりません」正直に答えた。「しかし、この流れには違和感があります」 「流れだと?」ブレイク大佐は呆れたように言った。「シバタ、この子供はもういらんだろう」 「いいえ」シバタ大尉は冷静に言った。「ソウイチロウ補佐官の直感は、前回も的中した。無視するわけにはいかない」 ...