第11話「任務の始まりは不信から」

「あんな若造を連れて行くなんて、冗談じゃない!」 北方軍総司令部の作戦室から、怒鳴り声が漏れてきた。俺は報告書を持って部屋の前まで来たところだったが、ドアの前で足を止めた。 「ブレイク大佐、将軍の命令です」 シバタ大尉の冷静な声が返す。 「命令だろうと何だろうと、15歳の坊ちゃんを最前線に連れて行くなど、狂気の沙汰だ!」 「補佐官殿の観察眼は確かです。前回の偵察任務でも、彼の分析は正確でした」 「偵察と実戦は違う!」 肩身の狭い思いをしながら、俺はドアの前で立ち尽くしていた。どうやら、次の任務について議論しているようだ。前回の偵察任務から一週間が経ち、シバタ大尉から「次は君にも参謀として同行してほしい」と言われていたのだが……。 「何をしている?」 背後から声がして振り返ると、セリシアが立っていた。 「あ……ちょっと」 「会議が始まる前に入らないと」 彼女は俺のためらいを察したようだ。 「中で何か揉めてるみたいで……」 セリシアは小さく溜息をついた。 「またブレイク大佐でしょう。あの人はあなたの抜擢に最初から反対していたの」 「そうなんだ……」 「でも、将軍の決定には従うわ。さあ、一緒に入りましょう」 彼女の言葉に勇気づけられ、俺はドアをノックした。 「どうぞ」 中から声がして、セリシアと共に部屋に入る。作戦室には数名の士官が集まっていた。シバタ大尉、ドーソン少佐、そして赤ら顔の怒り顔の男性——恐らくブレイク大佐だろう。 「失礼します。報告書を持ってきました」 緊張しながら敬礼すると、ブレイク大佐は鼻を鳴らした。 「将軍のお気に入りか。どれほどの腕か見せてもらおうじゃないか」 その敵意のこもった視線に、思わず身構えてしまう。 「ブレイク大佐、会議を始めましょう」 ドーソン少佐が場を取り持ち、全員が机を囲んだ。大きな地図が広げられている。東部国境を示す地図だ。 「では、今回の作戦について説明する」 シバタ大尉が立ち上がり、地図を指した。 「我々の偵察で確認された通り、東部国境での帝国軍の動きが活発化している。彼らは特に、この補給路を狙っていると思われる」 地図上で示された道は、東部前線に物資を運ぶ重要なルートだった。 「この補給路を守るため、小規模な部隊を派遣する。私が指揮を執り、ドーソン少佐、セリシア少尉、そしてソウイチロウ補佐官が参謀として同行する」 ブレイク大佐が再び口を開いた。 「坊ちゃん補佐官を連れて行く意味など全く見出せんな」 「将軍の判断です」シバタ大尉は冷静に返した。「彼の『読み』の力は、敵の動きを予測するのに役立つと」 「『読み』だと? くだらん。戦場は子供のゲームではない」 「それは……」 「もういい」ブレイク大佐は手を振った。「将軍の命令なら従うまでだ。だが、彼が足手まといになれば、すぐに送り返せ」 「はい、大佐」 シバタ大尉は表面上は従順だが、その眼差しには反発が見える。 「任務の詳細に移ろう」 シバタ大尉は地図上の別の点を指した。 「我々はこの丘に陣を構え、下の谷を通る補給隊を警護する。敵の規模は小さい部隊と予想されるが、油断は禁物だ」 「こちらの兵力は?」ドーソン少佐が尋ねた。 「3個小隊、計60名だ」 「十分でしょう」セリシアが頷いた。「帝国軍が大規模部隊を投入するとは考えにくいです」 「そうだな」シバタ大尉は同意した。「では、詳細な配置について議論しよう」 会議は続き、具体的な作戦計画が練られていった。兵の配置、警戒体制、緊急時の対応など、様々な事柄が決められる。 俺は黙って聞いていたが、次第に疑問が湧いてきた。 「すみません」勇気を出して口を開いた。「一つ質問があります」 全員の視線が俺に集中する。特にブレイク大佐の冷ややかな目が痛い。 「なんだ?」シバタ大尉が促した。 「この補給路、なぜ帝国軍はわざわざここを狙うのでしょうか? もっと防備の薄い場所があるはずです」 「それは……」シバタ大尉が少し考え込んだ。 「明らかだろう」ブレイク大佐が口を挟んだ。「ここは最短ルートだ。他のルートは迂回が必要で時間がかかる」 「でも、そうであれば帝国軍も同じことを考えるはずです。つまり、我々が重点的に守ると予測できるはず」 「何が言いたい?」 「この情報は、少し露骨すぎると思います。まるで、わざと我々に気づかせているようなパターンに見えるんです」 部屋が静まり返った。 「子供の妄想だ」ブレイク大佐が鼻で笑った。「情報部の報告は確かだ」 「もっと具体的に説明してくれ」シバタ大尉は真剣に尋ねた。 「はい」俺は地図を指した。「帝国軍の動きがあまりにも目立ちすぎます。偵察でも確認できるほど露骨に部隊を移動させている。これは……」 麻雀での経験を思い出す。相手にわざと牌を見せて、別の手を隠す戦術。 「これは囮ではないかと思います。本当の目標は別にあるのではないか」 「どこだというのだ?」ブレイク大佐が挑むように言った。 「それは……まだわかりません」正直に答えた。「しかし、この流れには違和感があります」 「流れだと?」ブレイク大佐は呆れたように言った。「シバタ、この子供はもういらんだろう」 「いいえ」シバタ大尉は冷静に言った。「ソウイチロウ補佐官の直感は、前回も的中した。無視するわけにはいかない」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第11話「任務の始まりは不信から」

「我々の任務は敵の補給線を断つ奇襲作戦だ。一切の無駄話は禁止する。命令には絶対服従を求める」 部隊を率いるシバタ大尉は、木に釘を打ち込むような硬質な声で言い放った。彼は四十代半ばの屈強な男で、額の傷が物語るように、数々の実戦を潜り抜けてきた経験豊富な指揮官だった。 「補佐官見習いのエストガードが同行するが、彼の発言に惑わされないように。彼は将軍のお眼鏡にかなったかもしれんが、実戦経験はゼロだ」 隊員たちが一斉に俺を見た。その眼差しには、遠慮のない警戒と軽蔑が混じっていた。 「しかし、セリシア少佐も同行されるとのこと。彼女の助言には耳を傾けよ」 シバタ大尉はそう付け加えた。彼の口調からは、セリシアには一定の敬意を持っていることが伺えた。 俺たちの任務は、キブルト村近郊で発見された帝国軍の補給線を叩くこと。敵の物資輸送ルートを遮断し、彼らの作戦展開を鈍らせることが目的だった。 総勢五十名の小部隊での奇襲作戦。俺とセリシアは「参謀的同行」という立場で加わっていた。とはいえ、シバタ大尉は俺を完全に「お飾り」として扱うつもりのようだった。 「では、出発する」 大尉の号令とともに、部隊は静かに行進を始めた。森林地帯を通り、敵の監視の目を避けながら目標地点に近づく。昼間は休息し、夜間に移動するという厳しいスケジュールだ。 「あなたはどう思う?」 二日目の夜、行軍の合間にセリシアが小声で尋ねた。彼女は常に魔導記録石で周囲の状況や判断材料を記録していた。 「何についてですか?」 「この任務よ。敵の補給線について」 俺は慎重に言葉を選んだ。 「情報が少なすぎます。なぜ帝国軍がこんな辺境に補給線を引いているのか、その目的は何なのか——そういった背景が見えない」 「同感ね」 セリシアは低い声で続けた。 「私も不自然に感じている。帝国軍の通常の兵站パターンからすると、この位置に補給線を引くのは効率が悪すぎる」 俺たちの会話は、シバタ大尉の咳払いで中断された。 「作戦について議論するなら、全員の前でやれ」 彼の声には苛立ちが滲んでいた。どうやら、若い参謀二人が自分を差し置いて作戦を論じることに不満を感じているようだった。 「失礼しました、大尉」 セリシアが冷静に応じた。 その夜、俺は休憩時間に現地の地図を広げ、帝国軍の推定補給ルートを検討していた。何かがおかしい。あまりにも露出しすぎていて、見つかりやすい。帝国軍はそんな初歩的なミスをするだろうか? 三日目の夕方、目標地点の約10キロ手前で部隊は待機態勢に入った。シバタ大尉は斥候を送り、最終的な状況確認を行っていた。 「報告します。予定通り、敵の補給隊が確認されました。輸送車両五台、護衛兵約二十名です」 斥候の報告を受け、シバタ大尉は満足げに頷いた。 「よし、計画通り進める。三時間後、日没直後に奇襲を仕掛ける」 彼は作戦概要を説明した。三方向からの同時攻撃で敵を混乱させ、輸送車両を破壊するというシンプルな計画だった。 俺は地図と斥候の報告を照らし合わせながら、不安を感じていた。 (この布陣、流れが不自然だ) 大尉の作戦計画では、部隊を三つに分け、敵の予想進路上の三か所から攻撃する。しかし、その配置は地形を十分に活かしておらず、万が一敵の数が予想より多かった場合、撤退路が限られる。 「大尉、少し提案があります」 会議の後、俺は勇気を出して声をかけた。 「何だ、エストガード?」 「この地形から考えると、敵は補給隊以外に別働隊を隠している可能性があります。西側の丘陵地帯は視界が悪く、伏兵に最適です」 シバタ大尉は眉をひそめた。 「情報分析の結果では、敵は補給隊のみだ。余計な憶測は士気に関わる」 「しかし、帝国軍の通常の——」 「黙れ!」 大尉の声が鋭く響いた。 「貴様は実戦経験ゼロの小僧だ。机上の空論で現場の判断に口を出すな」 シバタ大尉の眼には疲労の色が濃かった。彼もまた重責を負い、部下の命を背負う立場にある。そんな彼が若造の意見に耳を貸したくないのも、ある意味理解できた。 周囲の兵士たちが俺を見て、小さく笑う。完全に「ガキ」扱いだ。 「失礼しました」 俺は一歩下がった。セリシアは黙って様子を見ていたが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。 作戦会議の後、俺は一人で地図を眺めていた。西側の丘陵地帯がどうしても気になる。あそこに伏兵がいれば、大尉の計画では部隊が危険にさらされる。 「何を考えている?」 気づくとセリシアが隣に立っていた。 「西側の丘陵です。あそこに伏兵がいる可能性が高いと思います」 「根拠は?」 「帝国軍の過去の戦術パターンと地形の相性。それに、あまりにも簡単に発見された補給ルート——まるで『見つけてください』と言っているようなものです」 セリシアは少し考え込んだ後、静かに言った。 「私も同じ懸念を持っている。しかし、大尉は経験豊富な指揮官だ。彼の判断を尊重すべきかもしれない」 「でも、もし間違っていたら?」 「それが戦場よ」 彼女の目には諦めのような色が浮かんでいた。彼女自身も若く、経験豊富な大尉の判断を覆すほどの発言権はないのだろう。 「私たちは参謀的同行。最終決定権は指揮官にある」 その言葉に、俺は黙って頷くしかなかった。 休息をとる兵士たちの間を歩きながら、俺は静かに観察を続けた。彼らの多くは俺より十歳以上年上で、実戦経験もある。彼らの目には俺は単なる「ガキ」、将軍のお気に入りの坊ちゃんにすぎない。 しかし、そんな目で見られることには慣れていた。軍に来てからずっとそうだったし、前世でも麻雀を始めた頃は「ガキ」扱いだった。 ただ、麻雀の卓では最終的に実力で認められた。そして今回も——。 「この補給線、罠の匂いがする」 俺は小さく呟いた。その言葉が的中するのは、もう少し先のことだった。

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第12話「読みと実行のはざまで」

「敵影なし。予定通り補給部隊は通過しました」 朝の報告会で、斥候役の兵が報告を終えた。陽が昇ってから数時間、谷間の補給路に敵の姿はなく、守るべき我が軍の補給部隊は無事に通過した。これだけ聞けば、任務は順調に進んでいるように思える。 「よし、引き続き警戒を怠るな」 シバタ大尉はテントの中で地図を見ながら指示を出す。俺たち参謀はその周りに集まっていた。ドーソン少佐は満足げな表情で、セリシアは冷静に状況を分析している。 「どうやら、帝国軍は今日は動かないようですね」ドーソン少佐が言った。 「いえ、まだわかりません」セリシアは慎重に言った。「彼らが本当に補給路を狙っているなら、今後も警戒が必要です」 「同感だ」シバタ大尉は頷いた。 全員が冷静に状況を見ているようだが、俺の胸の内はモヤモヤしていた。昨日からの違和感がますます強くなっている。 「あの……」 勇気を出して口を開いた。 「何かあるのか、ソウイチロウ補佐官?」シバタ大尉が促した。 「はい。やはり、この状況には違和感があります」 「また始まったか」ドーソン少佐が小さく舌打ちした。 「具体的に何が?」シバタ大尉は真摯に尋ねた。 「敵は一切姿を見せていません。通常、補給路を狙うなら、偵察くらいは出してくるはずです」 「単に、我々の警戒が厳重だからかもしれんぞ」ドーソン少佐が言った。 「それもあるかもしれません。ですが……」俺は自分の感覚を言葉にしようと努めた。「もう一つの可能性として、彼らはそもそもここを狙っていないのかもしれません」 「では、どこを狙っているというのだ?」 「わかりません。ただ……」 俺は麻雀で培った感覚を思い出していた。相手の捨て牌から手の内を読み、次の一手を予測する。今、目の前で起きていることは、まるで相手が意図的に作り出しているパターンのように感じる。 「山の向こう側を調べてみる必要があると思います」 「山の向こう? あそこは我々の管轄外だ」ドーソン少佐が眉をひそめた。 「そうですが、もし敵が迂回して……」 「補佐官」シバタ大尉が遮った。「君の懸念はわかるが、今の我々の任務は補給路の防衛だ。根拠のない推測で兵力を分散させるわけにはいかない」 「でも……」 「十分な警戒は続けるが、任務の範囲内でだ」 シバタ大尉の言葉は優しいが、断固としている。これ以上は聞き入れてもらえないだろう。 「……わかりました」 諦めて下がる俺の背中に、ドーソン少佐の冷ややかな視線を感じた。あの人は最初から俺を信用していない。仕方ないことだが、それでも胸が痛む。 テントを出ると、セリシアが追いかけてきた。 「ソウイチロウ」 「ああ、セリシア少尉」 「あなたの懸念、私にも少しは理解できるわ」彼女は小声で言った。 「本当に?」 「ええ。帝国軍の動きが少し不自然なのは確かよ。でも……」 「でも?」 「軍には命令系統があるの。シバタ大尉の決断に従うしかないわ」 彼女の表情には、少しだけ申し訳なさが見えた。 「わかってる。責めてるわけじゃないよ」 「それならいいけど」セリシアは少し安心したように見えた。「これが軍というものよ。個人の直感だけでは動けない」 「そうだね……」 彼女は軽く頷いて去っていった。後に残された俺は、山の方を見上げた。 (あっちに何かある……そんな気がするんだけどな) *** 昼を過ぎ、陽が傾き始めた頃、俺は一人で丘の上から周囲を観察していた。双眼鏡で谷間や遠くの山を見ても、特に変わった様子はない。 「まだ気にしてるんですか?」 振り返ると、カイルが立っていた。 「ああ……なんとなくね」 「補佐官殿の『読み』ですか?」 「そう言われると照れるけど……そんな感じかな」 カイルは隣に座った。 「俺、信じてますよ」 「え?」 「前回の偵察任務でも、補佐官殿の読みは的中しました。だから今回も」 「ありがとう」素直にお礼を言う。「でも、シバタ大尉は……」 「大尉は大尉で、全体のことを考えなきゃいけないんです」カイルは優しく言った。「でも僕ら下っ端は、もう少し自由に動けますよ」 「どういう意味?」 カイルは小声で言った。 「俺が所属する第三小隊は、今夜の見張り担当なんです。もし補佐官殿が何か指示があれば……」 彼の言葉に、俺は驚いた。まさか、カイルが協力してくれるとは。 「本当に?」 「はい。もちろん、大きなことはできませんが、少し見張りの範囲を広げるくらいなら……」 俺はしばらく考えた。正規の命令に反するようなことはできない。だが、読みが確かなら、何らかの備えは必要だ。 「わかった。少し頼みたいことがある」 二人で小声で話し合い、夜の警戒について計画を立てた。 *** 夕方の報告会でも、敵の動きは報告されなかった。 「予定通り、明日も補給部隊が通過する」シバタ大尉が言った。「引き続き警戒を怠るな」 「補佐官殿の懸念は杞憂だったようだな」ドーソン少佐が皮肉っぽく言った。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第12話「読みと実行のはざまで」

日没までの残り二時間。俺は決断を迫られていた。 シバタ大尉は作戦変更を拒否し、予定通り三方向からの奇襲を実行すると決めた。彼の頑なさは、ある意味では理解できる。長年の実戦経験から培った自信と、若造の戯言に聞こえる忠告への嫌悪感。 だが俺には「見えていた」。 あの西側の丘陵は、夕陽が陰る頃、絶好の伏兵ポイントになる。そこから攻撃すれば、我々の撤退路が完全に断たれる。そして、補給隊があまりにも簡単に発見されたこと自体が不自然なのだ。 「セリシア少佐、どうすればいいと思いますか?」 休息地で俺は彼女に静かに尋ねた。彼女は魔導記録石を指先で回しながら、しばらく考えていた。 「私も西側に不安を感じている。しかし……」 彼女は言葉を選ぶように間を置いた。 「大尉は戦場経験が豊富だ。私は東部国境での任務を終えたばかりで、この地域での指揮権を主張するには根拠が不足している」 「でも、あなたなら大尉を説得できるかも」 「できないわ」 彼女の声は冷静だった。 「軍の階級社会では、経験と実績が何よりも重んじられる。私が彼の判断に異を唱えれば、ただ対立を生むだけ。そうなれば部隊全体の団結力に影響する」 「では、このまま罠に飛び込むしかないんですか?」 セリシアは静かに俺を見つめた。 「私は静観する。それが今の私の立場だ」 その言葉に失望を隠せず、俺は少し離れた場所に移動した。手元には地図と、敵の補給隊の情報が書かれたメモ。 (いや、このままじゃいけない) タロカでも麻雀でも、明らかに罠だと分かっている状況で素直に飛び込むのは愚の骨頂だ。でも、指揮権もなく、誰も聞く耳を持たない状況で何ができるのか? そのとき、俺の目に入ったのは、近くで休憩していた四人の若い兵士たち。彼らは作戦会議にも参加していたが、他の兵士のように俺を明確に蔑視してはいなかった。 「すみません」 俺は彼らに近づいた。 「ロッジ二等兵、カーン一等兵、トーマス二等兵、リード二等兵——でしたよね?」 四人は少し驚いた表情を見せた。俺が名前を覚えていることに意外な印象を受けたようだ。 「何か用かい、坊ちゃん参謀?」 カーン一等兵が冗談めかして尋ねた。彼は三十前後で、腕の筋肉が発達した逞しい男だった。 「できれば、手伝ってもらいたいことがあるんです」 俺は声を潜めて説明を始めた。シバタ大尉の計画には触れず、単に「念のための予備行動」として提案した内容は、シンプルなものだった。 ——西側の丘陵に、焚き火の準備をしておく。 ——我々の部隊が実際に展開するよりも大きい範囲に足跡と痕跡を残す。 ——可能なら、人形や旗などで兵士の数が多いように見せかける。 「なんだ、それだけか?」 ロッジ二等兵が肩をすくめた。彼は最年少の二十三歳ほどで、機敏な動きが特徴的だった。 「単なる欺瞞戦術ですが、もし西側から敵が現れた場合、彼らを混乱させる時間稼ぎになります」 「大尉には報告するのか?」 トーマス二等兵の質問に、俺は正直に答えた。 「いいえ。彼は許可しないでしょう。だからこそ、非公式にお願いしています」 四人は顔を見合わせた。 「軍規違反になるぞ」 「でも、害はないよな。ただの偽装だ」 「面白そうだし、暇つぶしにはなる」 しばらく議論した後、カーン一等兵が代表して答えた。 「いいだろう。でも、失敗したら責任は取らんぞ」 「ありがとうございます」 彼らは任務に出かける前に準備を整えると約束し、装備を確認し始めた。俺は少し離れた場所から、大尉の様子を観察していた。彼は斥候の最終報告を聞き、満足げな表情だった。全てが計画通りに進んでいるという確信があるようだ。 セリシアの視線を感じ、振り向くと、彼女は俺を見つめていた。彼女はすべてを理解しているように見えたが、何も言わず、記録石に何かを記録するだけだった。 *** 日没の一時間前、カーン一等兵たちが戻ってきた。彼らの表情には緊張感があった。 「やったぞ、エストガード」 ロッジ二等兵が小声で報告した。 「西側の丘に三か所の焚き火の準備をした。それから、キャンプを設営したように見せかけた」 「それだけじゃない」 カーン一等兵が割り込んだ。 「西側の森の端で、新しい足跡を見つけた。昨夜のものだ。帝国軍特有の靴底の形をしている」 俺の胸が締め付けられた。予感は当たっていた。帝国軍はすでに西側に潜伏していたのだ。 「大尉に報告しましたか?」 「いや、お前が言ったように、彼は信じないだろう。それに、この発見が我々の無許可行動で見つかったものだと知れば、怒り狂うぞ」 俺は苦しい決断を迫られていた。大尉に直接進言するか、このまま自分たちだけの予備行動に留めるか。 結局、俺は黙ることを選んだ。大尉を説得する時間と可能性は限られている。それよりも、万が一の事態に備える方が現実的だった。 「カーン一等兵、夜間にもし西側から動きがあった場合、あなたたちは焚き火と囮を使える体制でいてください」 「了解した」 彼は短く頷いた。古参兵として、彼も危険を感じていたのだろう。 *** 日没。作戦が開始された。 シバタ大尉の指示通り、部隊は三手に分かれ、帝国軍の補給隊の予想進路上に展開した。大尉自身は中央部隊を指揮し、俺とセリシアも同行していた。 「まもなく敵が接近する。静粛に」 大尉の命令が伝えられ、部隊は息を殺して待機した。 しかし、予定の時刻を十分過ぎても、帝国軍の補給隊は現れなかった。 「おかしい」 大尉が眉をひそめた。 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人

第13話「無視された指揮官、評価される補佐官」

「補給基地への奇襲……なるほど」 朝の報告会で、シバタ大尉は地図を見ながら呟いた。夜明けと共に送り出した偵察隊が戻り、重要な情報をもたらしたのだ。 「山の向こう側の村には、我が軍の小規模な補給基地がありました」偵察隊長が報告を続ける。「村民も動員して、明日の大規模補給に備えていたようです」 「そこを奴らは狙っていたのか」 シバタ大尉の表情が引き締まる。昨夜の戦いで敵を撃退したとはいえ、彼らの本来の目的が判明したことで、新たな緊張が走った。 「大尉」ドーソン少佐が口を開いた。「この基地を奪われれば、東部前線全体への補給が滞ります」 「そうだな」シバタ大尉は頷いた。「奴らの本当の狙いはそれだったか……」 テントの中の空気が重くなった。目の前の補給路だけでなく、山の向こうの基地まで守らなければならないという事実に、誰もが表情を引き締めている。 「すぐに山の向こうにも防衛部隊を派遣すべきです」セリシアが提案した。 「だが、ここの防衛も手薄にはできんぞ」ドーソン少佐が反論する。 「では、兵力を分割するか……」 議論が続く中、俺は黙って地図を見ていた。昨夜の戦いで、俺の読みは的中した。帝国軍は確かに迂回路を使って別の場所を狙っていたのだ。でも、彼らはまだ諦めていないはずだ。 「あの……」俺が口を開いた。 全員の視線が俺に集まる。昨夜の戦功もあり、少なくとも露骨な敵意はなくなっていた。 「何かあるか、ソウイチロウ補佐官?」シバタ大尉が促した。 「はい。敵は撤退しましたが、完全に諦めたとは思えません。おそらく態勢を立て直して、再度攻撃してくるでしょう」 「同感だ」シバタ大尉は頷いた。「問題は、どこを狙ってくるかだ」 「二つの可能性があると思います。一つは昨夜と同じ、山を迂回して基地を狙う。もう一つは……」 俺は地図上の別の場所を指した。 「この峠から攻めてくる可能性です。より長い迂回路ですが、我々の警戒が薄いはずです」 「なるほど……」シバタ大尉は考え込んだ。「それなら、両方に備える必要があるな」 「しかし、兵力は足りるのか?」ドーソン少佐が心配そうに言った。 「分散させて薄くなるリスクはある」シバタ大尉は認めた。「だが、どちらかに全力投球して、もう一方を無視するわけにもいかない」 「ではこうしましょう」セリシアが提案した。「主力はここに残し、小隊一つを基地防衛に。そして斥候を峠に配置します」 「妥当な判断だな」シバタ大尉は同意した。「ドーソン少佐、君は主力と共にここに残れ。セリシア少尉、君は小隊を率いて基地の防衛を頼む」 「はっ!」 二人は敬礼した。 「ソウイチロウ補佐官」 「はい!」 「君は私と共に行動してくれ。君の『読み』が必要だ」 「わかりました」 作戦会議が終わり、各自が準備に取りかかる。テントを出ると、セリシアが近づいてきた。 「ソウイチロウ」 「セリシア少尉」 「……昨夜のことだけど」彼女は少し躊躇した。「あなたの判断は正しかった。私が協力しなくて申し訳なかったわ」 珍しく、彼女が謝ってきた。 「いや、気にしないで」俺は首を振った。「君の立場では難しかったよね」 「それでも……」彼女は真剣な表情になった。「次からは、もっとあなたの意見に耳を傾けるわ」 「ありがとう」 素直な彼女の姿に、少し心が温かくなる。 「でも、規律はとても大事。できるだけ正規のルートで進言してね」 「わかってるよ」俺は笑った。「昨日は緊急事態だったから」 「そうね」彼女も少し表情を緩めた。「とにかく、今日も気をつけて」 「君もね」 彼女は軽く頷き、自分の部隊の準備に向かっていった。 *** 昼過ぎ、作戦は開始された。セリシアが率いる小隊は山を越えて基地に向かい、斥候部隊は峠に配置された。残りの主力部隊はドーソン少佐の指揮の下、元の陣地を守る。 俺はシバタ大尉と共に小高い丘に陣取り、双眼鏡で周囲を観察していた。 「昨夜は見事な判断だった」 突然、シバタ大尉が話しかけてきた。 「いえ……カイルたちの協力があったから」 「命令に反する行動だったがな」彼は厳しいが穏やかな口調で言った。 「すみません……」 「いや、責めているわけではない」彼は首を振った。「時に、正規の命令系統を無視してでも、正しいと思うことをする勇気は必要だ」 「大尉……」 「だが、それは結果が伴って初めて評価される」彼は真剣な表情になった。「失敗していれば、厳しい処罰もあり得た」 「はい、理解しています」 「君の『読み』は確かだ。だが、独断専行は極力避けるべきだ。可能な限り、指揮官を説得することだ」 「わかりました」 シバタ大尉の言葉には重みがあった。彼は俺を責めるのではなく、軍人としての在り方を教えてくれているのだ。 「さて」彼は話題を変えた。「敵の次の動きをどう読む?」 「はい……」 俺は周囲を見渡しながら考えた。麻雀では、相手の捨て牌から手の内を読む。それと同じように、敵の行動から次の一手を予測する。 「昨夜の失敗で、敵は我々の警戒レベルを知りました。今後は更に慎重になるでしょう」 「同感だ」 「そうなると……」俺は地図を見た。「峠からの迂回路を使う可能性が高い。時間はかかりますが、最も安全です」 「なるほど」シバタ大尉は頷いた。「だが、そこにも斥候を置いている。気づかれるリスクがあるぞ」 「はい。だから敵は……」 その時、遠くから馬のひづめの音が聞こえた。 「来たか!」 ...

2025-03-27 00:00 · 折口詠人