「我々の任務は敵の補給線を断つ奇襲作戦だ。一切の無駄話は禁止する。命令には絶対服従を求める」

 部隊を率いるシバタ大尉は、木に釘を打ち込むような硬質な声で言い放った。彼は四十代半ばの屈強な男で、額の傷が物語るように、数々の実戦を潜り抜けてきた経験豊富な指揮官だった。

「補佐官見習いのエストガードが同行するが、彼の発言に惑わされないように。彼は将軍のお眼鏡にかなったかもしれんが、実戦経験はゼロだ」

 隊員たちが一斉に俺を見た。その眼差しには、遠慮のない警戒と軽蔑が混じっていた。

「しかし、セリシア少佐も同行されるとのこと。彼女の助言には耳を傾けよ」

 シバタ大尉はそう付け加えた。彼の口調からは、セリシアには一定の敬意を持っていることが伺えた。

 俺たちの任務は、キブルト村近郊で発見された帝国軍の補給線を叩くこと。敵の物資輸送ルートを遮断し、彼らの作戦展開を鈍らせることが目的だった。

 総勢五十名の小部隊での奇襲作戦。俺とセリシアは「参謀的同行」という立場で加わっていた。とはいえ、シバタ大尉は俺を完全に「お飾り」として扱うつもりのようだった。

「では、出発する」

 大尉の号令とともに、部隊は静かに行進を始めた。森林地帯を通り、敵の監視の目を避けながら目標地点に近づく。昼間は休息し、夜間に移動するという厳しいスケジュールだ。

「あなたはどう思う?」

 二日目の夜、行軍の合間にセリシアが小声で尋ねた。彼女は常に魔導記録石で周囲の状況や判断材料を記録していた。

「何についてですか?」

「この任務よ。敵の補給線について」

 俺は慎重に言葉を選んだ。

「情報が少なすぎます。なぜ帝国軍がこんな辺境に補給線を引いているのか、その目的は何なのか——そういった背景が見えない」

「同感ね」

 セリシアは低い声で続けた。

「私も不自然に感じている。帝国軍の通常の兵站パターンからすると、この位置に補給線を引くのは効率が悪すぎる」

 俺たちの会話は、シバタ大尉の咳払いで中断された。

「作戦について議論するなら、全員の前でやれ」

 彼の声には苛立ちが滲んでいた。どうやら、若い参謀二人が自分を差し置いて作戦を論じることに不満を感じているようだった。

「失礼しました、大尉」

 セリシアが冷静に応じた。

 その夜、俺は休憩時間に現地の地図を広げ、帝国軍の推定補給ルートを検討していた。何かがおかしい。あまりにも露出しすぎていて、見つかりやすい。帝国軍はそんな初歩的なミスをするだろうか?

 三日目の夕方、目標地点の約10キロ手前で部隊は待機態勢に入った。シバタ大尉は斥候を送り、最終的な状況確認を行っていた。

「報告します。予定通り、敵の補給隊が確認されました。輸送車両五台、護衛兵約二十名です」

 斥候の報告を受け、シバタ大尉は満足げに頷いた。

「よし、計画通り進める。三時間後、日没直後に奇襲を仕掛ける」

 彼は作戦概要を説明した。三方向からの同時攻撃で敵を混乱させ、輸送車両を破壊するというシンプルな計画だった。

 俺は地図と斥候の報告を照らし合わせながら、不安を感じていた。

(この布陣、流れが不自然だ)

 大尉の作戦計画では、部隊を三つに分け、敵の予想進路上の三か所から攻撃する。しかし、その配置は地形を十分に活かしておらず、万が一敵の数が予想より多かった場合、撤退路が限られる。

「大尉、少し提案があります」

 会議の後、俺は勇気を出して声をかけた。

「何だ、エストガード?」

「この地形から考えると、敵は補給隊以外に別働隊を隠している可能性があります。西側の丘陵地帯は視界が悪く、伏兵に最適です」

 シバタ大尉は眉をひそめた。

「情報分析の結果では、敵は補給隊のみだ。余計な憶測は士気に関わる」

「しかし、帝国軍の通常の——」

「黙れ!」

 大尉の声が鋭く響いた。

「貴様は実戦経験ゼロの小僧だ。机上の空論で現場の判断に口を出すな」

 シバタ大尉の眼には疲労の色が濃かった。彼もまた重責を負い、部下の命を背負う立場にある。そんな彼が若造の意見に耳を貸したくないのも、ある意味理解できた。

 周囲の兵士たちが俺を見て、小さく笑う。完全に「ガキ」扱いだ。

「失礼しました」

 俺は一歩下がった。セリシアは黙って様子を見ていたが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。

 作戦会議の後、俺は一人で地図を眺めていた。西側の丘陵地帯がどうしても気になる。あそこに伏兵がいれば、大尉の計画では部隊が危険にさらされる。

「何を考えている?」

 気づくとセリシアが隣に立っていた。

「西側の丘陵です。あそこに伏兵がいる可能性が高いと思います」

「根拠は?」

「帝国軍の過去の戦術パターンと地形の相性。それに、あまりにも簡単に発見された補給ルート——まるで『見つけてください』と言っているようなものです」

 セリシアは少し考え込んだ後、静かに言った。

「私も同じ懸念を持っている。しかし、大尉は経験豊富な指揮官だ。彼の判断を尊重すべきかもしれない」

「でも、もし間違っていたら?」

「それが戦場よ」

 彼女の目には諦めのような色が浮かんでいた。彼女自身も若く、経験豊富な大尉の判断を覆すほどの発言権はないのだろう。

「私たちは参謀的同行。最終決定権は指揮官にある」

 その言葉に、俺は黙って頷くしかなかった。

 休息をとる兵士たちの間を歩きながら、俺は静かに観察を続けた。彼らの多くは俺より十歳以上年上で、実戦経験もある。彼らの目には俺は単なる「ガキ」、将軍のお気に入りの坊ちゃんにすぎない。

 しかし、そんな目で見られることには慣れていた。軍に来てからずっとそうだったし、前世でも麻雀を始めた頃は「ガキ」扱いだった。

 ただ、麻雀の卓では最終的に実力で認められた。そして今回も——。

「この補給線、罠の匂いがする」

 俺は小さく呟いた。その言葉が的中するのは、もう少し先のことだった。