ニコラス男爵の館は、エストガード家より少し規模が大きく、装飾も華やかだった。俺たち一行が到着すると、すでに多くの貴族たちが集まっていた。
「ソウイチロウ、社交の場では極力目立たないようにな」
レイナード兄は小声で忠告した。俺が剣術の才能に欠けることは周知の事実。地方貴族の中でも、エストガード家の「出来の悪い養子」として知られていた。
「わかってる」
俺は静かに頷いた。目立たないのは得意だ。前世でも、麻雀以外では目立つことはなかった。
広間の一角では、年配の貴族たちが熱心に何かをしていた。テーブルに向かい、何やら四角い板状のものを並べている。好奇心に負け、俺は近づいてみた。
「ほう、これは見事なタロカだ」
「今夜は勝負に出たかったのだが、運が向いていないようだな」
貴族たちの会話が聞こえてくる。テーブルには「タロカ」と呼ばれる木製の牌が並べられていた。それぞれに様々な紋章や数字が刻まれている。
「タロカか……」
一瞥しただけで、俺の脳が活性化した。配牌、組み合わせ、読み合い——どこか麻雀を思わせる。牌の種類は異なるが、いくつかの牌を並べて役を作る点は共通しているようだ。
「おや、若い衆も興味があるのかね?」
年配の貴族が気づいて声をかけてきた。
「はい、少し」
「タロカは我々貴族の遊戯じゃ。運と頭脳を競う、高貴な遊びだ」
貴族は誇らしげに説明した。周囲の者たちも、少し賭けをしながらタロカを楽しんでいるようだった。
「一局いかがかね? エストガード家の養子殿」
別の貴族が言った。その眼差しには、やや侮蔑の色が混じっていた。おそらく簡単に勝てる相手と思っているのだろう。
「……お願いします」
俺は座を勧められるままに着席した。ルールを簡単に説明された。タロカは五種の紋章と十三の数で構成され、特定の組み合わせに価値がある。手番では牌を一枚引き、不要な牌を一枚捨てる。特定の役が揃えば「タロ」と宣言し、勝負が決まる。
タロカは五種の紋章と十三の数で構成される。『星』『炎』『龍』『風』『月』の紋章と、1から13までの数字を組み合わせた牌を使う。特定の役——『星天の刻』や『龍炎の業』などの組み合わせに高い価値がある。麻雀でいう役満のような存在だ。手番では牌を一枚引き、不要な牌を一枚捨てる。特定の役が揃えば『タロ』と宣言し、勝負が決まる。
(これ、麻雀とドンジャラを混ぜたような……)
牌を配られ、俺は自分の手牌を見た。たった十三枚の牌だが、その中から最適な組み合わせを見出す感覚。これこそ、前世で何度も味わった感覚だった。
「若造が相手では面白くないな」
「教えながら打とうではないか」
貴族たちは余裕綽々としていた。しかし、俺の頭の中ではすでに計算が始まっていた。場の雰囲気、相手の表情の変化、牌を切る速度——すべての情報が意味を持つ。
数巡後、俺は静かに声を上げた。
「タロ」
牌を開示すると、場が静まり返った。
「こ、これは……『星天の刻』!」
「初心者がこの役を? 偶然か?」
相手の貴族は信じられないという顔をしていた。俺が出した役は、かなり希少な組み合わせだったらしい。
しかし俺には、それが偶然でないことがわかっていた。相手の捨て牌の傾向から、持っている牌をある程度予測。そして自分が狙うべき組み合わせを見極めた結果だった。
「もう一局、頼む」
先ほどまで俺を見下していた貴族が、今度は真剣な表情で言った。周囲にも人が集まり始めていた。
二局目も、三局目も。俺は勝った。技術というより、「場」を読む感覚が研ぎ澄まされていた。他のプレイヤーの心理パターン、牌の流れ——すべてが麻雀で鍛えた「読み」に通じていた。
「……これ、なんか懐かしいな」
対局の合間、そんな思いが胸をよぎった。
「まだ"打ちたい"と思ってる自分がいる」
麻雀に飽きていたはずの俺が、このタロカに対して湧き上がる情熱を感じていた。前世で最後に見た手牌を思い出す。あの時は「勝ちたい」と思えなかった。でも今は違う。勝ちたい。もっと打ちたい。
「あの少年、ただ者ではないな」
「エストガード家の養子が、こんな才能を?」
周囲がざわめき始めていた。貴族たちの視線が俺に集まる。その中には、単なる好奇心だけでなく、計算高い打算も混じっていた。
レイナード兄が近づいてきて、小声で言った。
「ソウイチロウ、お前、一体何をしているんだ?」
「タロカをやってるだけだよ」
「目立たないようにと言ったはずだが……」
彼は困惑した表情を見せたが、その眼差しには驚きと誇らしさも垣間見えた。
「まあいい。ただ、貴族の世界は複雑だ。才能を見せれば見せるほど、利用しようとする者も現れる」
彼の警告は的確だったが、その時の俺には届かなかった。俺はただ、この感覚に酔いしれていた。「読み」が活きる場所。「流れ」を感じられる場所。「勝負」ができる場所——。
ここに、俺の"戦場"があったのだ。