第21話「"神童"への疑念」
ギアラ砦への道中、俺たちの一行は快調に進んでいた。約500名の兵力と共に、俺とシバタ大尉、セリシア、そしてフェリナが馬に乗って隊列の先頭を行く。出発から二日、あと一日でギアラ砦に到着する予定だ。 「ソウイチロウ」 横から声をかけられて振り返ると、セリシアが馬を並べてきた。 「どうした?」 「作戦はもう決まったの?」彼女は真剣な表情で尋ねた。 「大枠はね」俺は頷いた。「ラドルフの『魂の鎖』の弱点を突く作戦だ」 「具体的には?」 「まず、砦内の兵と合流して約700名の戦力を確保する」俺は説明した。「その上で、敵の注意を分散させる複数の小規模な動きを仕掛ける。ラドルフが『支配』できる範囲は限られているから、彼の制御が及ばない状況を作り出せれば勝機はある」 セリシアは考え込むように俺の言葉を聞いていた。 「理にかなってるわね」彼女は頷いた。「でも、相手も前回の戦いから学んでいるはず。同じ弱点を見せるとは思えないわ」 「そうだね」俺も同意した。「だから柔軟に対応できるよう、いくつかのパターンを用意している」 二人で作戦の詳細を話し合っていると、前方に小さな村が見えてきた。休憩と補給のために立ち寄る予定の場所だ。 村に入ると、住民たちが不安そうな表情で俺たちを見つめていた。兵站担当の士官が村長と交渉し、水と食料の補給が始まった。 俺は馬から降り、少し足を伸ばすことにした。村の広場には井戸があり、そこで水を飲もうとしていると、近くで人々の話し声が聞こえてきた。 「あれが噂の"戦術の神童"かい?」 「若いね、本当に彼がラドルフと戦うのか?」 「サンガード要塞でも敗れたって聞いたが……」 「運だけだったんじゃないか、あいつの勝利は」 思わず足を止めた。村人たちが俺について話しているのは明らかだ。そして、その評価は芳しくない。 (そうか……噂は広まっているんだな) 少し胸が痛んだが、仕方のないことだ。サンガード要塞での敗北は事実。それを知った人々が疑念を抱くのも当然だろう。 「気にするな」 背後からシバタ大尉の声がした。彼も同じ会話を聞いていたようだ。 「はい……」俺は振り返って答えた。「でも、皆が疑っているというのは事実ですね」 「民間人だけではない」大尉は静かに言った。「軍内部でも、君への疑念の声がある」 少し驚いて大尉を見た。彼は真剣な表情で続けた。 「特に保守派の士官たちはな」大尉は少し声を落とした。「『若すぎる』『経験不足』『運だけ』……色々と言われている」 「そうですか……」 士官たちからの反感は、以前から感じていた。特に年長者たちは、俺のような若輩者が重要な地位を得たことに不満を持っている。サンガード要塞での敗北は、彼らにとって格好の攻撃材料となったのだろう。 「そういえば」大尉はさらに続けた。「ギアラ砦に向かう途中で、ある儀式があるんだ」 「儀式?」 「ああ」大尉は少し困ったような表情を見せた。「俺からは言いづらいのだが……指揮官任命前の査定というものがある」 胸がざわついた。査定とは何だろう。また試されるのか。 「詳しく教えてください」 「ルナン平原に到着したら、演習試験を行うことになっている」大尉は説明した。「これは新任指揮官の能力を確認するための伝統的な儀式だ」 「演習……試験?」 「模擬戦だ」大尉はきっぱりと言った。「君は一方の軍を率い、もう一方はローゼン少佐が率いる。勝敗を競うわけではないが、指揮能力を見るためのものだ」 ローゼン少佐——軍学校首席卒業の秀才で、戦術理論に精通した人物だと聞いている。強敵だ。 「これは正式な手続きなのか、それとも……」 「正直に言おう」大尉の表情が厳しくなった。「これは保守派が仕組んだものだ。君の能力に疑問を呈し、公の場で試そうとしている」 なるほど、そういうことか。サンガード要塞での敗北を受けて、「神童」の評価に疑問を持つ勢力が動いたのだ。 「この試験は公平とは限らない」大尉は忠告した。「用心したほうがいい」 「わかりました」俺は頷いた。「でも、受けて立ちます」 大尉は少し微笑んだ。 「その答えを期待していた」彼は言った。「負け犬の遠吠えに負ける気はないというわけだな」 「はい」俺は自信を持って答えた。「もう一度、皆に認めてもらいます」 休憩を終え、一行は再び馬に乗って出発した。途中、セリシアとフェリナにも演習試験のことを伝えた。 「なんてこと」セリシアは怒りを隠さなかった。「これは明らかに罠よ」 「そうですね」フェリナもしかめっ面で言った。「ローゼン少佐は戦術理論の権威。しかも、今回は彼が有利になるよう設定されているはずです」 「わかってる」俺は二人を見た。「でも、これも乗り越えなければ、本当の敵には勝てない」 二人は黙って頷いた。彼女たちもその通りだと理解しているようだ。 日が傾き始め、一行は野営地を設営した。夕食後、俺は一人、小さな丘に登って星空を見上げていた。明日はルナン平原に到着し、演習試験が行われる。その後、すぐにギアラ砦に向かう予定だ。 (“勝ち"じゃなく、“意味のある一手"を打てるかどうかだ) 内心でそう呟いた。もう単純な勝ち負けだけを考える段階ではない。より深く、より遠くを見据えた戦いが必要だ。 「やっぱりここにいた」 フェリナの声がして、振り返ると彼女が丘を登ってきた。 「星を見ていたんだ」俺は言った。 「きれいね」彼女も星空を見上げた。「明日の試験のこと、考えてるの?」 「ああ」俺は正直に認めた。「負けるわけにはいかないと思ってる」 「勝ちたい気持ちは理解できるけど」フェリナは静かに言った。「これはギアラ砦の戦いのための準備でもあるわ。全力を出し切ってしまうのは危険かもしれない」 鋭い指摘だ。確かに、この演習で全ての戦術を見せてしまうと、それがラドルフの耳に入る可能性もある。 「そうだね」俺は頷いた。「かといって、わざと負けるわけにもいかない。難しいバランスだ」 「あなたなら大丈夫」フェリナは微笑んだ。「『読み』の才能があるんだから」 彼女の信頼に、心が温かくなった。 「ありがとう」 二人は暫く星空を見上げていたが、やがてフェリナが話し出した。 「実は……もう一つ心配なことがあるの」 「何?」 「この演習試験は本来、将軍の許可が必要なはず」彼女は眉をひそめた。「でも、将軍はサンガード要塞にいて、許可を出していない可能性がある」 「つまり、非公式な試験?」 ...