内通者調査が始まって二週間が経った。俺は軍事施設の一室に籠もり、様々な情報を分析する日々を送っていた。地図、報告書、偵察データ、通信記録——それらを組み合わせ、敵の意図と内通者の痕跡を探る。タロカ石を手のひらで転がしながら、“流れ"を読み解こうとしていた。
この日も朝から作業に取り掛かっていたが、午前中にアルヴェン将軍から呼び出しがあった。
「緊急会議だ」将軍の伝令が告げた。「第一作戦室へすぐに来てほしい」
俺は手元の書類をまとめ、急いで向かった。
第一作戦室に入ると、将軍の他に高級将校たちが数名集まっていた。シバタ大尉の姿もある。全員が緊張した面持ちで、何か重大な情報が入ったことが察せられた。
「来たか」将軍が俺に気づき、頷いた。「急ぎの会議だ、すまない」
「何があったのですか?」俺は尋ねた。
将軍は机の上に地図を広げ、全員に聞こえるよう声を上げた。
「セリシアからの緊急報告が入った」彼は厳しい表情で言った。「バイアス伯爵が確かに帝国と通じている証拠を掴んだとのことだ」
その情報に、室内が騒然となった。
「証拠とは?」ある将校が尋ねた。
「暗号化された通信文と、密使の目撃情報だ」将軍は答えた。「セリシアは伯爵の屋敷に近づき、数日間の監視の末、帝国の使者と会談している場面を目撃した」
決定的な証拠だ。バイアス伯爵の裏切りはもはや疑いようがない。
「さらに」将軍は続けた。「軍内部の共謀者のリストも入手したとのことだ。特に調達部門の一部の士官が深く関わっている」
俺はフェリナから聞いていた情報を思い出した。彼女の調査が正しかったのだ。
「我々はどう対応すべきか?」シバタ大尉が尋ねた。
「直ちに国王陛下に報告し、伯爵の逮捕許可を得る」将軍は決然と言った。「同時に、軍内部の共謀者も一斉検挙する必要がある」
全員が同意し、具体的な対応策が議論された。逮捕のタイミング、証拠の保全、その後の政治的影響——様々な角度から検討が必要だった。
「ソウイチロウ」将軍が俺に向き直った。「君の分析は?」
全員の視線が俺に集まった。軍中枢の戦略立案官として、俺の意見が求められている。
「一つ気になることがあります」俺は慎重に言った。「タイミングです」
「タイミング?」将軍が眉を寄せた。
「はい」俺は続けた。「セリシアが証拠を掴んだのがあまりにも早い。二週間で決定的な証拠を入手するのは難しいはずです」
それは本当に気になっていた点だった。セリシアは有能だが、伯爵のような高位貴族の証拠を、そう簡単に掴めるものだろうか。
「何を言いたい?」将軍が真剣な表情で尋ねた。
「罠の可能性です」俺は率直に言った。「ラドルフは"流れを殺す"男。彼なら我々の動きを読み、誘導している可能性があります」
室内が静まり返った。俺の分析は厳しいものだったが、無視できない可能性だった。
「つまり」将軍がゆっくりと言った。「セリシアが見たものは仕組まれた状況かもしれないと?」
「その可能性も否定できません」俺は言った。「ラドルフなら、我々が内通者を探していることを予測し、偽の証拠を仕掛けるかもしれない」
シバタ大尉が思案顔で口を開いた。
「では、どうすべきだと?」
俺は深く考え、答えた。
「バイアス伯爵の逮捕は少し延期すべきです。まず確実な証拠を集め、同時に別の角度からも調査を続ける。そして、セリシアを一度呼び戻し、情報を直接聞くべきだと思います」
将軍は沈黙し、俺の提案を検討した。やがて彼は頷いた。
「慎重さは必要だ」彼は言った。「セリシアを呼び戻し、直接報告を聞こう。それまでは伯爵の逮捕は保留する」
多くの将校が同意の意を示し、会議は新たな方向性を見出した。伯爵への監視は続けつつも、直接的な行動は避ける。そして、セリシアを安全に呼び戻す手段を考える。
会議が終わり、俺は自分の執務室に戻った。窓の外は雨が降り始め、灰色の空が広がっていた。雨粒が窓を打つ音を聞きながら、俺は複雑な思いに浸った。
セリシアは大丈夫だろうか。彼女は危険な任務に就いている。もし彼女の報告が本物なら、彼女は既に敵に目をつけられているかもしれない。
そんな不安が頭をよぎる中、シバタ大尉が部屋に入ってきた。
「よく気づいたな」大尉は俺の肩を叩いた。「確かにタイミングが早すぎる。普通なら疑問に思わないところだ」
「ラドルフのことを考えると」俺は言った。「何事も簡単に信じるわけにはいきません」
大尉は頷き、窓の外の雨を見つめた。
「セリシアのことが心配か?」彼は尋ねた。
「ええ」俺は正直に答えた。「あの任務は危険だし、もし本当に証拠を掴んでいたら、彼女は標的になっているかもしれない」
「そうだな」大尉も同意した。「だが、彼女は優秀だ。自分の身を守る術を知っている」
その言葉に少し安心しつつも、不安は消えなかった。
「将軍は親書を送ることにした」大尉は続けた。「彼女を安全に呼び戻す手はずだ。明日には戻ってくるだろう」
俺は黙って頷いた。明日——セリシアが無事に戻ってくることを願うしかない。
***
翌日、俺は朝から落ち着かなかった。セリシアが戻ってくる日だ。執務室で資料を整理しながら、時折窓の外を見る。昨日の雨は上がり、晴れた空が広がっていた。
正午過ぎ、フェリナが執務室を訪ねてきた。彼女は完全に回復し、情報将校としての任務に復帰していた。
「セリシアの報告書、読んだわ」彼女は少し疲れた表情で言った。「確かに不自然なところがある」
「やっぱりか」俺は身を乗り出した。「どういう点だ?」
「情報の精度が高すぎるのよ」フェリナは説明した。「まるで誰かに教えられたかのような詳細さ。それに、彼女の調査方法にも疑問がある」
フェリナの観察は鋭かった。彼女自身も情報将校として、何が自然で何が不自然かを見抜く目を持っている。
「でも」彼女は続けた。「だからといって、バイアス伯爵が無実というわけではないわ。彼の不審な動きは以前から確認されていたもの」
複雑な状況だ。伯爵は確かに怪しいが、今回の証拠は仕組まれたものかもしれない。
「セリシアは何時に到着する予定?」俺は尋ねた。
「夕方までには戻るはずよ」フェリナが答えた。「将軍の親書は確かに届いている」
その言葉に少し安心したが、不安は消えなかった。セリシアが無事に戻ってくるまで、落ち着かない気持ちだった。
午後、俺は再び地図と情報の分析に戻った。ラドルフの軍の動き、バイアス伯爵の活動記録、そして王国内の不審な事象——全てを繋げ、大きな絵を描こうとしていた。
タロカ石を並べながら、俺は"流れ"を読み解こうとする。麻雀(タロカ)での読みと同じように、断片的な情報から相手の意図を探る。
時間が過ぎていく中、夕方になっても、セリシアからの連絡はなかった。
「まだか……」
俺は窓の外を見ながら呟いた。太陽が傾き、王都に夕暮れが訪れようとしていた。
そのとき、急いだ足音が廊下に響き、ドアが勢いよく開いた。シバタ大尉だ。
「緊急事態だ」大尉の表情は緊張に満ちていた。「セリシアとの連絡が途絶えた」
俺の心臓が早鐘を打った。
「どういうことですか?」
「彼女を迎えに行った使者が、彼女の宿泊先を訪ねたが、彼女の姿はなかった」大尉は息を切らせながら言った。「部屋の様子から、争った形跡があるという」
その言葉に、俺は立ち上がった。
「将軍は?」
「緊急対応を指示している」大尉が答えた。「伯爵邸の周辺を調査する部隊を編成中だ」
俺は迷わず言った。
「俺も行きます」
「危険だ」大尉が制止した。「調査は専門の部隊に任せるべきだ」
「でも、セリシアが危険だとしたら……」
言葉が詰まる。セリシアがもし捕らえられているなら、時間との勝負だ。
「わかる」大尉は同情的な表情を見せた。「だが、感情に任せた行動は状況を悪化させるだけだ」
大尉の言葉は正しい。冷静に判断しなければならない。
「では、どうすれば?」俺は尋ねた。
「今から作戦会議だ」大尉は言った。「将軍が全員を集めている。君の"読み"も必要だ」
俺は深呼吸し、感情を抑えた。今は冷静になるべき時だ。セリシアを救うためにも、慎重な判断が必要だ。
「行きましょう」俺は頷いた。
二人で第一作戦室へと急いだ。
会議室には将軍をはじめ、幹部たちが集まっていた。緊迫した空気が流れている。
「状況説明する」将軍は全員が着席するとすぐに言った。「セリシア参謀が行方不明になった。彼女の宿泊先には争った形跡があり、誘拐の可能性が高い」
参加者たちから驚きの声が上がった。
「犯人は?」ある将校が尋ねた。
「断定はできないが」将軍は厳しい表情で答えた。「バイアス伯爵の関与が疑われる。特に彼女が伯爵の裏切りの証拠を掴んだ直後のことだ」
会議では様々な対応策が議論された。伯爵邸の捜索、セリシアの救出作戦、証拠の収集——全て並行して進める必要がある。
「ソウイチロウ」将軍が俺に向き直った。「君の意見を聞かせてくれ」
全員の視線が俺に集まった。俺は冷静さを保ちながら、考えを整理した。
「セリシアの誘拐は、我々の予測の範囲外です」俺は静かに言った。「もし本当に伯爵の仕業なら、彼は我々が動くことを予測していたはずです」
「つまり?」将軍が促した。
「これは新たな罠かもしれません」俺は続けた。「我々が感情的になり、証拠もなく伯爵を逮捕するよう仕向けている可能性があります」
俺の分析に、会議室が静まり返った。
「しかし」俺はさらに続けた。「セリシアの命が危険なのは事実です。彼女を救出する必要がある。だからこそ、冷静な判断と慎重な行動が必要です」
将軍は深く頷いた。
「その通りだ」彼は言った。「感情に流されず、証拠を集め、確実に犯人を特定する。そして、セリシアを安全に救出する」
具体的な作戦が決まった。まず、伯爵邸の周辺を秘密裏に監視する。同時に、セリシアが最後に訪れた場所を調査し、痕跡を追う。そして、伯爵の関与を示す確実な証拠が見つかれば、国王の許可を得て正式に動く。
「ソウイチロウ」将軍は俺に言った。「君には特別な任務を与えたい」
「はい?」
「バイアス伯爵の動向分析だ」将軍は説明した。「彼の過去の行動パターン、人脈、財産の動き——全てを調査し、彼がセリシアをどこに隠すか予測してほしい」
その任務は俺の"読み"の力を最大限に活かせるものだった。
「了解しました」俺は真剣に答えた。「全力を尽くします」
会議が終わり、それぞれが持ち場に散っていった。俺は自分の執務室に戻り、伯爵に関する全ての資料を集めた。彼の所有地、親族、関係者——可能性のある隠れ家をすべて洗い出す必要がある。
フェリナも手伝いに来てくれた。彼女は情報将校として、様々なデータにアクセスできる。
「心配しないで」彼女は俺の表情を見て言った。「セリシアは強いわ。簡単には屈しない」
「ああ」俺は頷いた。「でも、早く見つけないと」
二人は夜遅くまで資料を調べ、可能性のある場所をリストアップした。伯爵の所有地は王国内に点在しており、全てを調べるには時間がかかる。だが、いくつかの場所は特に怪しかった。
「この郊外の別荘」フェリナが地図を指さした。「最近になって警備が強化されたという報告があるわ」
「それから」俺は別の地点を示した。「古城の地下室。伯爵の先祖が建てたもので、現在は使われていないことになっている」
いくつかの候補地を絞り込んだところで、フェリナが疲れた表情で立ち上がった。
「少し休みましょう」彼女は言った。「明日も早いわ」
しかし、俺は休む気にはなれなかった。
「君は先に休んでいいよ」俺は言った。「俺はもう少し調べる」
フェリナはしばらく俺を見つめ、やがて小さく頷いた。
「わかったわ」彼女は言った。「でも、あまり無理しないで。セリシアのためにも、あなたの頭が冴えていないと意味がないわ」
フェリナが去った後、俺は一人で資料と向き合い続けた。伯爵の過去の行動から、彼の思考パターンを読み解こうとする。麻雀(タロカ)での読みと同じように、相手の打ち筋を予測する。
夜が更けていく中、俺の目は疲れてきた。しかし、諦めるわけにはいかない。セリシアは危険な状況にある。彼女を救うためには、俺の"読み"が必要だ。
深夜、ふと閃くものがあった。伯爵の行動パターンに見えてきた特徴——彼は常に「目立たない場所」ではなく、「目立ちすぎて逆に疑われない場所」を選んでいたのだ。
「もしかして……」
俺は新たな視点で地図を見直した。すると、一つの場所が浮かび上がってきた。伯爵の邸宅から最も遠く、普通なら疑われない場所——しかし、実は伯爵の影響下にある貴族の持ち物。
すぐに将軍に報告すべきだと思った俺は、夜中にも関わらず、伝令を呼び、メッセージを送った。
***
翌朝早く、将軍が俺の執務室に現れた。彼の表情には明るさがあった。
「君の読みは当たっていた」将軍は嬉しそうに言った。「セリシアを発見した。今、救出作戦の最終段階だ」
その言葉に、俺の心は喜びで満たされた。
「無事なんですか?」俺は急いで尋ねた。
「ああ」将軍は頷いた。「囚われてはいたが、危害は加えられていないようだ」
安堵のため息が漏れた。セリシアは無事だ。
「そして」将軍は続けた。「彼女を捕らえていたのは確かにバイアス伯爵の部下だった。これで伯爵の裏切りは確定だ」
俺の"読み"は的中した。伯爵の思考パターンを分析し、彼の隠れ家を予測できたのだ。
「救出作戦は?」俺は尋ねた。
「今まさに実行中だ」将軍は答えた。「同時に、伯爵の逮捕も進めている。国王陛下の許可も下りた」
状況は一気に動き出していた。伯爵の裏切りが確定し、セリシアの救出も進んでいる。
「俺にできることは?」俺は尋ねた。
「もうすぐセリシアが戻ってくる」将軍は言った。「彼女から直接情報を聞き、ラドルフの真の計画を分析してほしい」
俺は頷いた。セリシアが帰ってくれば、彼女が見聞きした情報から、より多くの手がかりが得られるはずだ。
その日の午後、セリシアは無事に王都に戻ってきた。彼女は疲れた様子だったが、大きな怪我はなかった。医師の診察を受けた後、俺たちと対面した。
「ソウイチロウ」彼女は俺を見て微笑んだ。「あなたが私を見つけてくれたのね」
「みんなの力だよ」俺は少し照れながら言った。「無事で良かった」
セリシアは伯爵に捕らえられていた経緯を語った。彼女が証拠を掴んだ直後、伯爵の刺客に襲われたのだという。彼らは彼女が得た情報を奪い、証拠を隠滅しようとしていた。
「でも、最も重要な情報は伝えていなかったわ」セリシアは真剣な表情で言った。「伯爵は確かにラドルフと通じていた。しかし、彼らの計画はもっと大きなものよ」
「どういうこと?」将軍が身を乗り出した。
「マラント山脈の南部侵攻は偽装ではなく、一部の事実よ」セリシアは説明した。「彼らの真の目的は二つ。一つは王都の内部攪乱。そして、もう一つは……」
彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「禁忌の魔術の遺跡を探していると思われます」
その言葉に、全員が驚きの表情を見せた。
「禁忌の魔術?」俺が尋ねた。「ラドルフの『魂の鎖』のようなものか?」
「それ以上かもしれない」セリシアは答えた。「古文書によれば、かつて王国と帝国の国境地帯には、強大な魔術を封印した遺跡があったとされています」
将軍は考え込んだ。
「それが彼らの目的なら……南部侵攻も理解できる」
全てが繋がってきた。ラドルフの計画は単なる軍事侵攻ではなく、禁忌の魔術を手に入れるための大掛かりな作戦だったのだ。
「我々はどう対応すべきか?」シバタ大尉が尋ねた。
「二正面作戦だ」将軍は決断した。「一つは王都の内通者の一掃。もう一つは南部前線の強化だ」
具体的な作戦が議論される中、俺はセリシアの無事を心から喜んだ。彼女の勇気と情報収集力のおかげで、ラドルフの計画が明らかになった。
会議が終わり、俺はセリシアと二人きりになる機会を得た。
「本当に心配したよ」俺は正直に言った。
「ごめんなさい」彼女は小さく微笑んだ。「でも、あなたが私を見つけてくれると信じていたわ」
その言葉が胸に染みた。
「伯爵は逮捕されたの?」セリシアが尋ねた。
「ああ」俺は頷いた。「既に王宮の牢に収監されている。彼の関係者も次々と捕まっているよ」
セリシアは安堵の表情を見せた。
「これでまた一歩、前進したわね」
確かにそうだ。内通者の一部が明らかになり、ラドルフの計画も把握できた。しかし、戦いはまだ終わっていない。
「君は休息が必要だ」俺は言った。「無理はしないで」
「ええ」セリシアは頷いた。「少し休むわ。でも、また戦場に戻るつもりよ」
彼女の決意に、俺も応えねばならないと感じた。
***
数日後、アルヴェン将軍から新たな任務が下った。俺とセリシア、そしてフェリナを含む特別チームが編成され、サンクライフ平原への派遣が決まったのだ。
「ラドルフの目的である遺跡を、彼より先に確保する必要がある」将軍は説明した。「君たちの経験と能力が、この任務には最適だ」
俺たちは新たな任務に向けて準備を始めた。内通者の一掃により、王都の安全はある程度確保された。次は前線での戦いだ。
出発の前日、俺は自室でタロカ石を並べていた。次の戦いに向けて、“流れ"を整理する作業だ。
部屋にノックの音がして、フェリナが入ってきた。
「準備はいい?」彼女が尋ねた。
「ああ」俺は頷いた。「荷物はほとんど纏まった」
フェリナは俺の並べたタロカ石を見て、小さく笑った。
「いつも通りね」彼女は言った。「石を使って考えるなんて」
「昔からの習慣でね」俺も微笑んだ。「麻雀……いや、タロカで培った感覚は、戦場でも役立つんだ」
フェリナは石を一つ手に取り、眺めた。
「不思議ね」彼女は静かに言った。「こんな小さな石が、王国の命運を左右するなんて」
その言葉に、俺は深く考え込んだ。確かに、俺のタロカ(麻雀)の感覚が、ここまで大きな影響を持つとは、前世では想像もできなかったことだ。
「さて」フェリナは石を戻した。「明日は早いわ。しっかり休んで」
「ああ」俺は頷いた。「君も無理はするなよ」
フェリナが去った後、俺は窓辺に立ち、夜の王都を眺めた。明日からは再び前線に戻る。新たな戦い、そしてラドルフとの決着——それは簡単なものではないだろう。
だが、今の俺には仲間がいる。セリシア、フェリナ、シバタ大尉、そして多くの兵士たち。もはや一人ではない。
タロカ石を握りしめ、俺は静かに決意を固めた。
「ようやく"卓"に座れたって感じだな」
前世では孤独な麻雀卓だったが、今は仲間たちと共に戦場という卓に座っている。それは孤独ではなく、絆に満ちた卓だ。
俺は荷物を最終確認し、早めに床に就いた。明日からの戦いに備えて、しっかりと休息を取らなければならない。
一方、はるか遠く、帝国の軍営では、ラドルフが副官に語っていた。
「次の戦、“神子"を壊す」
彼の赤い目が、不気味な光を放っていた。
戦いはまだ始まったばかり——そして真の決戦は、これからだ。
第一部 完