コルム丘陵の戦いから三日が経った。負傷者の手当て、兵站の整理、報告書の作成——戦後の雑務に追われる日々。俺はテントの中で、執務机に向かって最後の報告書を書き上げていた。

「勝利は『光の矢』部隊の奮闘と全兵士の尽力によるものであり、指揮官としての功績を自認するものではない」

 ペンを置き、長い報告書を見直す。伝わるだろうか、この感覚は。俺はただ、麻雀(タロカ)で培った"読み"を応用しただけなのに、その結果がこれほど大きな勝利につながるとは——。

 テントの入口から日差しが差し込んでいた。外では兵士たちが荷物をまとめる音がする。今日、我々はコルム丘陵を離れ、王都へと戻る予定だった。

「まだ書いてるの?」

 セリシアがテントに入ってきた。彼女の腕の包帯は外れていたが、まだ傷跡が残っている。

「ああ、やっと終わったよ」俺は少し疲れた表情で言った。「こんなに報告書を書くなんて、麻雀合宿でも経験したことないよ」

「麻雀って何?」セリシアが首を傾げた。

 しまった。前世の言葉が口をついて出た。

「あ、いや、タロカの古い言い方だよ」俺は慌てて取り繕った。「方言みたいなもので」

 セリシアは不思議そうな表情をしながらも追及せず、テントの中を見回した。

「荷物は纏まった? もうすぐ出発よ」

「ほとんど終わってる」俺は頷いた。「あとはこの報告書を提出するだけだ」

 セリシアは俺の隣に座り、報告書に目を通した。

「あなたらしいわね」彼女は少し笑みを浮かべた。「自分の功績を認めようとしない」

「功績なんてものじゃないよ」俺は首を振った。「みんなが命を賭けて戦ったからこそ勝てたんだ」

「そうね」セリシアは頷いた。「でも、指揮官の策が優れていなければ、ここまでの勝利は得られなかったわ」

 彼女の言葉に、少し照れくさくなった。

「兵士たちの間では、あなたのことを『戦術の神子』と呼び始めてるわよ」彼女は意味ありげな視線を送った。

「な、何だって?」俺は驚いた。「冗談だろ?」

「冗談じゃないわ」セリシアは真剣な表情になった。「あなたの戦術は異端だった。常識では考えられない奇策。でも、それこそが勝ち筋だった」

 彼女の評価に、言葉が見つからなかった。

「フェリナの様子は?」話題を変えるように俺は尋ねた。

「かなり良くなってきてるわ」セリシアは答えた。「今朝から歩けるようになって、自分で支度をしてるわよ」

 それは良いニュースだった。フェリナの傷は思ったより深く、一時は危険な状態だったほどだ。彼女が回復に向かっていることが分かり、胸をなでおろした。

 報告書を片付け、二人でテントを出る。外では兵士たちが出発の準備を進めていた。荷車に荷物を積み、馬に鞍を置き、隊列を整えている。

 丘の頂上からは、数日前まで激戦地だった平原が見渡せた。今は静かな風景が広がり、戦いの痕跡も少しずつ消えつつある。

「陛下からの使者が到着しています」

 伝令が俺たちに近づいてきた。「シバタ大尉が会議テントでお待ちです」

 俺とセリシアは顔を見合わせ、急いで会議テントに向かった。

 テントの中には、シバタ大尉、グレイスン大佐、そして見慣れない豪奢な服装の人物がいた。王都からの使者だろう。

「やあ、ソウイチロウ」大尉が俺を見て微笑んだ。「これがロイ伯爵、陛下の側近だ」

 中年の貴族風の男性が俺に向かって軽く頭を下げた。

「ソウイチロウ・エストガード殿」彼は格式ばった口調で言った。「コルム丘陵の勝利、誠におめでとうございます。陛下も大変お喜びです」

「ありがとうございます」俺は少し緊張しながら答えた。「しかし、勝利は全兵士の尽力によるものです」

 伯爵は微笑んだ。「謙虚な若者ですな。しかし、その才覚は既に王国中に知れ渡っております」

 王国中に? そんなに早く噂が広まるものなのだろうか。

「陛下からの親書をお持ちしました」伯爵は金色の紋章で封された巻物を差し出した。「コルム丘陵の戦功により、あなたに『王国戦術師』の称号が授けられます」

 俺は驚いて巻物を受け取った。王国戦術師? そんな重大な称号など、受ける資格があるとは思えない。

「これは……」言葉に詰まる俺に、シバタ大尉が助け舟を出した。

「名誉ある称号だ、ソウイチロウ」大尉は嬉しそうに言った。「その称号を受けた者は歴史上でも数えるほどしかいない」

 伯爵は続けた。「また、陛下は謁見を望んでおられます。王都に戻られましたら、直ちに王宮へお越しください」

 これは想定外の展開だった。俺のような若造が王に謁見するなど、考えられないことだ。

「わかりました」しかし、断る選択肢はない。「謹んで拝謁させていただきます」

 伯爵は満足そうに頷き、さらに説明を続けた。王都では既に俺の戦功を讃える噂が広まっており、「戦術の神子」「軍神の再来」などと呼ばれているという。

 話を聞きながら、俺の心は複雑だった。前世では大学受験に失敗し、麻雀に明け暮れる日々。親からは「ダメ息子」と呆れられたものだ。それが今や「神子」と称されるとは——なんという皮肉だろう。

 会議が終わり、伯爵は先に王都へ向かった。我々も間もなく出発する予定だ。

 テントから出ると、フェリナが杖をつきながら近づいてきた。顔色はまだ少し悪いが、以前より確実に元気そうだった。

「おはよう」彼女は微笑んだ。「やっと歩けるようになったわ」

「無理するなよ」俺は心配そうに言った。「まだ完全に治ってないだろ?」

「大丈夫、命を預けてよかったって思えるくらいには回復してるわ」彼女は冗談めかして言った。

 その言葉に、少し胸が熱くなった。

「王国戦術師になったんですって?」フェリナが俺の表情を見て尋ねた。「噂はあっという間に広まるのね」

「まだ実感がないよ」俺は正直に答えた。「こんな称号、受ける資格があるとは思えない」

「あなたこそふさわしいわ」フェリナはきっぱりと言った。「私が見てきた中で、あなたほど局面を読み、流れを変えられる人はいない」

 フェリナとセリシア、二人からそう言われると、少しだけ認めざるを得ない気持ちになった。

「とにかく、王都に戻ろう」俺は話題を変えた。「旅の準備はできてる?」

「ええ」彼女は頷いた。「少し動くと疲れるけど、馬車なら大丈夫よ」

 出発の時間が近づく中、俺は最後にもう一度丘の頂上に立った。ここでの戦いは俺にとって大きな転機となった。敵将ラドルフとの初めての大規模な戦い、そして勝利——それは単なる軍事的勝利を超えた意味を持っていた。

 北の平原には既に敵の姿はなく、ただ静かな風景が広がっている。しかし、ラドルフはまだ諦めていないだろう。彼との戦いは、これからも続く。

「もう出発の時間よ」

 セリシアの声で、俺は物思いから我に返った。

「ああ、行こう」

 二人で丘を下り、隊列の先頭に立った。シバタ大尉、フェリナ、そして千名ほどの兵士たち。皆が俺を見る目が、以前とは少し違っていた。尊敬、畏怖、期待——様々な感情が入り混じった視線だ。

「全軍、出発!」

 俺の号令と共に、兵士たちが動き出した。コルム丘陵を後にし、王都に向かう長い道のり。この戦いで失われた命の重みを胸に、俺たちは静かに行進を始めた。

 ***

 王都に到着したのは、出発から四日後の午後だった。城壁が見えてきた時、兵士たちから安堵の声が上がった。長い戦いと行軍の末、ようやく帰還できたのだ。

 しかし、俺たちを待っていたのは予想外の光景だった。

 城門には大勢の市民が集まり、我々の到着を待ち構えていた。俺たちの姿を見つけると、彼らは一斉に歓声を上げ始めた。

「勇者たちが帰ってきた!」
「戦術の神子だ!」
「軍神の再来!」

 様々な声が飛び交い、花が投げられた。兵士たちも驚きながらも、嬉しそうに手を振り返している。

「なんだこれ……」俺は困惑して呟いた。

「あなたの噂が広まってるのよ」セリシアが少し面白そうに言った。「伯爵の言った通りね」

 行列は城内へと進み、そのまま王宮へと向かった。市民たちは道の両側に並び、俺たちを見送っている。中には子供を肩車して「神子様を見るんだ」と言う親の姿もあった。

 王宮に到着すると、アルヴェン将軍が出迎えてくれた。

「よく帰還した」将軍は俺の肩を叩いた。「素晴らしい勝利だったぞ」

「ありがとうございます」俺は頭を下げた。「全て将軍の指導のおかげです」

 将軍は微笑み、兵士たちにも労いの言葉をかけた。

「陛下は既にお待ちだ」将軍は俺に言った。「だが、まずは少し休息を取るがいい。明日の朝、謁見式を行う」

 俺たちはそれぞれ割り当てられた宿舎に向かった。俺には王宮内の来賓用の部屋が与えられた。広くて豪華な部屋で、前世でもこの世界でも経験したことのない贅沢さだ。

「落ち着かないな……」

 窓から王都の景色を眺めながら、俺は呟いた。昨日までは野営地のテントで眠っていたというのに、今は王宮の豪華な部屋。人生の変化の激しさに、少し目まいがする思いだった。

 夕食は部屋に運ばれてきた。豪勢な肉料理と野菜、そして上等のワイン。戦場での粗末な食事に慣れた身には、あまりにも贅沢に感じられた。

 食後、シバタ大尉が訪ねてきた。

「明日の謁見式の段取りを説明しに来た」大尉は言った。「陛下の前では必要以上に緊張する必要はない。質問に答え、褒賞をいただくだけだ」

 大尉の説明に頷きながらも、俺の心は落ち着かなかった。王と対面するなど、想像もしていなかったことだ。

「一つ気をつけてほしいことがある」大尉は少し声を落とした。「バイアス伯爵とその一派には警戒するように」

「バイアス伯爵?」俺は思い出した。「ルナン平原の演習試験の時の……」

「そうだ」大尉は頷いた。「彼は保守派の領袖で、若手の台頭を快く思っていない。特に君のような、従来の序列を無視して重要なポストに就いた者をね」

 政治的な駆け引き——俺には不慣れな世界だ。

「わかりました、気をつけます」俺は真剣に答えた。

 大尉が去った後、俺は再び窓の外を見つめた。王都の夜景が広がり、遠くには民家の明かりが星のように瞬いている。彼らは平和に暮らしているだろうか。戦いの犠牲になった兵士たちのことを思うと、胸が痛んだ。

 ノックの音がして、ドアが開いた。セリシアが入ってきた。

「準備は大丈夫?」彼女が尋ねた。「明日の謁見式」

「ああ、シバタ大尉から説明を受けたところだ」俺は答えた。「でも正直、緊張するよ」

 セリシアは小さく笑った。「あなたらしくないわね。戦場では冷静なのに」

「戦場の方が分かりやすい」俺は正直に言った。「敵と味方がはっきりしている。でも政治の世界は……」

「そうね」セリシアは頷いた。「政治は戦場より複雑かもしれない。でも、あなたなら大丈夫よ」

 彼女の言葉に励まされ、少し安心した。

「フェリナは?」俺は尋ねた。

「医務室で休んでるわ」セリシアが答えた。「明日の謁見式には出られないそうよ。傷が完全に癒えるまでは安静にしていたいって」

 それは残念だが、彼女の回復を優先すべきだ。

「セリシア」俺は真剣な表情で言った。「この戦いで、君がいなければ勝てなかった。本当にありがとう」

 彼女は少し驚いたようだったが、すぐに優しい表情になった。

「私こそ、あなたに感謝してるわ」彼女は静かに言った。「あなたの『読み』のおかげで、多くの命が救われた」

 二人は暫く窓際に立ち、王都の夜景を眺めていた。

「もう遅いわね」セリシアが言った。「明日に備えて休んだ方がいいわ」

「そうだな」俺は頷いた。「おやすみ」

 彼女が去った後、俺はベッドに横になったが、なかなか眠れなかった。頭の中では様々な思いが巡っていた。戦いのこと、失われた命のこと、そして「戦術の神子」という称号のこと——。

 「神子」という言葉が、妙に重く感じられた。神の子——そんな大それた存在ではない。俺はただ、麻雀で培った"読み"を応用しただけなのに。

 眠れぬまま夜が更け、やがて疲労で意識が薄れていった。

 ***

 翌朝、謁見式のために正装した俺は、王宮の大広間へと案内された。広間には多くの貴族や軍の高官が並び、俺の入場を見守っている。

 アルヴェン将軍とシバタ大尉が俺の両側に立ち、セリシアは少し後ろについて来た。

 広間の奥、玉座には国王陛下の姿があった。中年の威厳ある男性で、王冠を被り、豪華な衣装に身を包んでいる。

 俺たちは玉座の前まで進み、深く頭を下げた。

「ソウイチロウ・エストガード」王が声高に言った。「コルム丘陵の勝利、誠に見事であった」

「陛下のご信任に応えられたことを、光栄に存じます」俺は礼儀正しく答えた。シバタ大尉に教えられた通りの言葉だ。

 王は満足そうに頷き、右側に控えていた臣下に目配せした。その男が前に出て、巻物を読み上げ始めた。

「ソウイチロウ・エストガード殿に、勲章フェルトリア勇気勲章を授ける」

 別の臣下が金色の勲章を載せた緋色の枕を持って前に出てきた。王自らが勲章を取り、俺の胸に付けてくれた。

「また、王国戦術師の称号を授け、王国軍の戦略顧問に任命する」

 広間に歓声が上がった。俺は恐縮しながらも、深く頭を下げた。

「陛下のご信任、身に余る光栄です」

 王は微笑み、さらに言葉を続けた。

「年若くとも、その才はまさに神授のもの。『戦術の神子』の名に恥じぬよう、今後も王国のために力を尽くすように」

「はっ」俺は力強く答えた。「命に代えてお守りいたします」

 謁見式はさらに続き、セリシアやシバタ大尉も勲章を授かった。彼らも戦いの功労者として讃えられたのだ。

 式が終わると、盛大な祝宴が開かれた。貴族たちが次々と俺に近づき、祝辞を述べたり、質問をしたりする。俺は丁寧に応対したが、内心では疲れを感じていた。

「大変そうだな」アルヴェン将軍が俺の隣に立った。「貴族たちの関心を集めて」

「慣れないことばかりで」俺は正直に答えた。「戦場の方がまだ分かりやすいです」

 将軍は笑った。「そうだろうな。だが、これも戦の一部だ。政治という名の戦いだ」

 その言葉に納得しつつも、俺は居心地の悪さを感じていた。

 宴の中、一人の貴族が俺に近づいてきた。端正な顔立ちの中年男性で、冷たい目をしている。

「ソウイチロウ殿」彼は形式的に頭を下げた。「ご栄誉おめでとうございます」

「恐れ入ります」俺は礼儀正しく答えた。

「バイアス伯爵だ」男は自己紹介した。「ルナン平原でお会いしたことがあったな」

 シバタ大尉の警告を思い出す。保守派の領袖、若手の台頭を快く思わない人物——。

「はい、覚えております」俺は警戒しながらも平静を装った。「あの時はご指導いただき、ありがとうございました」

 伯爵は薄く笑った。笑みは口元だけで、目は笑っていない。

「若き天才の誕生か」彼は小さな声で言った。「だが、天才は時に早熟の果実のように、すぐに腐ることもある」

 その言葉に、俺は一瞬身構えた。明らかな牽制だ。

「未熟者ですので、今後ともご指導ください」俺は表面上は謙虚に答えた。

 伯爵は何か言いかけたが、そこにアルヴェン将軍が割って入った。

「バイアス伯爵」将軍は親しげに伯爵の肩を叩いた。「久しぶりだな」

 伯爵は少し不機嫌そうに将軍を見た。

「アルヴェン」彼はぶっきらぼうに言った。「若い後輩を見つけたようだな」

「ソウイチロウは優れた戦術家だ」将軍はきっぱりと言った。「彼の才能は王国の宝だよ」

 伯爵は何か言いたげな表情をしたが、結局は軽く頭を下げて立ち去った。

「気をつけるように」将軍は小声で言った。「彼は表面上は協力者を装っても、内心では敵意を持っている」

「はい」俺は頷いた。「ありがとうございます」

 宴はさらに続き、夜も更けていった。俺は徐々に疲れを感じ、人混みから少し離れた窓辺に立った。

 そこにセリシアが近づいてきた。彼女も疲れた様子だった。

「大変ね」彼女は小さく笑った。「英雄扱いされるのは」

「冗談じゃないよ」俺は苦笑した。「まだ実感がわかない」

 二人で窓の外を見つめた。王都の夜景が広がり、月明かりが城壁を照らしている。

「次はどうなるのかしら」セリシアが静かに尋ねた。

「さあ」俺は肩をすくめた。「陛下の命令次第だろうけど」

 その時、アルヴェン将軍が近づいてきた。彼の表情は少し厳しくなっていた。

「ソウイチロウ」将軍は低い声で言った。「明日、作戦室に来てくれ。次の任務について話がある」

「次の任務、ですか?」

「ああ」将軍は頷いた。「サンクライフ平原での戦いは終わったが、戦争自体は続いている。次の戦場はサンクライフより大きい」

 その言葉に、俺は身の引き締まる思いがした。コルム丘陵での勝利は一つの通過点に過ぎない。ラドルフとの戦いは、まだ終わっていないのだ。

「わかりました」俺は答えた。「何時に伺えば?」

「朝食後でいい」将軍は言った。「休息も大事だ」

 将軍が去った後、セリシアが心配そうに俺を見た。

「大丈夫?」

「ああ」俺は少し笑顔を作った。「まだ終わってないんだよ、俺たちの戦いは」

 セリシアは静かに頷いた。彼女も覚悟を決めているようだった。

「私たちはもう、戻れないのね」彼女は呟いた。「普通の生活には」

 その言葉に、胸に鋭い痛みを感じた。確かに、もう「普通」には戻れない。「戦術の神子」と呼ばれ、王国戦術師の称号を授かった以上、俺の人生は完全に変わってしまった。

「でも、それでいいんだ」俺は静かに言った。「俺にはみんながいる。一人じゃない」

 セリシアは微笑み、頷いた。「そうね、私たちがいるわ」

 宴もいよいよ終わりに近づき、人々が徐々に広間を後にし始めた。俺とセリシアも部屋に戻ることにした。

「おやすみ」彼女は廊下の分かれ道で言った。

「おやすみ」俺も応じた。「明日も大変な日になりそうだ」

 部屋に戻ると、窓際に立ってもう一度王都の夜景を眺めた。そして、ポケットからタロカ石を取り出す。戦場で使った、あの小さな石片だ。

 石を手のひらに載せ、じっと見つめる。これが全ての始まりだった。タロカ(麻雀)の"読み"が、戦場での命運を分けた。そして、俺を「戦術の神子」へと変えた。

「卓はまだ、片付いてない」

 静かに呟きながら、俺は明日への思いを巡らせた。ラドルフとの戦い、バイアス伯爵との政治的駆け引き、そして王国を守る責務——。

 窓の外、遠くの空に一つの赤い星が輝いていた。それはまるで、赤眼の魔将の目のようにも見える。彼との決戦は、まだ先にある。

 俺はタロカ石を握り締め、決意を新たにした。もはや逃げる道はない。前へ進むしかないのだ——「戦術の神子」として。

 静かな夜が更けていった。明日からの新たな戦いに向けて、俺は眠りについた。