ギアラ砦は山間の狭い峡谷を押さえる、厳めしい石造りの要塞だった。両側を切り立った崖に囲まれ、正面に唯一の大門を持つその姿は、まるで岩山から生えた巨大な牙のようだ。

「到着したな」

 シバタ大尉が馬を止め、砦を見上げた。俺たち一行は昼過ぎに砦の前にたどり着いた。演習試験から一日、全軍が疲れた様子を見せながらも、無事に目的地に到着したことに安堵の表情を浮かべている。

「開門! 北方軍の援軍だ!」

 大尉の声に応じ、砦の大門がゆっくりと開いた。重厚な木の扉が軋む音と共に、内部の様子が見えてくる。兵士たちが整列し、我々を迎え入れる準備をしていた。

 門をくぐると、砦の中庭に入った。中庭は意外に広く、何百人もの兵が訓練できるスペースがある。周囲には兵舎や倉庫、作戦室などの建物が立ち並んでいた。

 砦の指揮官であるグレイスン大佐が前に出て、シバタ大尉と挨拶を交わす。彼は風格のある中年の男性で、厳しい目をしているが、疲労の色も見える。

「よく来てくれた」大佐は安堵の表情で言った。「もう少し遅れていたら……」

「状況は?」大尉が尋ねた。

「帝国軍は砦の南約5キロに陣を張っている」大佐は言った。「まだ攻撃は始まっていないが、哨戒によれば明日にも動き出す様子だ」

 俺たちも馬から降り、大佐に挨拶した。

「こちらがソウイチロウ補佐官だ」大尉が俺を紹介した。「今回の砦防衛の指揮を任されている」

 グレイスン大佐は少し驚いたような、そして評価するような目で俺を見た。

「若いな」彼はぶっきらぼうに言った。「サンガード要塞で戦ったという噂は聞いている」

「はい」俺は敬礼した。「至らない点も多いですが、全力を尽くします」

 大佐はしばらく俺を見ていたが、やがて軽く頷いた。

「兵の命を預かる重さを知っているようだな」彼は言った。「それだけでも安心だ」

 彼の言葉に、少し緊張が解けた。グレイスン大佐は表面上は厳しそうだが、公平な人物のようだ。

「では、作戦室で状況を確認しよう」大佐は言った。「兵たちは休息を取らせろ」

 シバタ大尉、セリシア、フェリナと共に、俺たちは作戦室へと向かった。兵士たちは各自の持ち場に散り、疲れた体を休める。

 作戦室には大きな地図が広げられ、敵と味方の配置が示されていた。グレイスン大佐が状況を説明する。

「現在の砦の兵力は約200名」彼は言った。「これに君たちの500名を加えて、約700名となる」

「敵は?」俺が尋ねた。

「少なくとも1500」大佐は厳しい表情で答えた。「赤眼の魔将」ラドルフが直接指揮している」

 数では圧倒的に不利だ。しかし、砦という地の利がある。どちらに分があるかは、一概には言えない。

「砦の構造と防衛体制は?」シバタ大尉が尋ねた。

 グレイスン大佐は砦の詳細な構造を説明した。主要な防衛ポイントは大門、東西の塔、そして裏手の小さな裏門だ。食料と水の備蓄は2週間分、武器や弾薬も十分にある。

「ラドルフの動きは?」俺が尋ねた。

「奇妙なほど静かだ」大佐は眉をひそめた。「彼らは陣を敷いてから、ほとんど動いていない。まるで……何かを待っているようだ」

 その言葉に、一瞬の違和感を覚えた。ラドルフのような戦術家が、単に時間を無駄にするとは思えない。何か策があるはずだ。

「偵察の報告は?」セリシアが尋ねた。

「定期的に斥候を出しているが、特に変わった動きはない」大佐は答えた。「ただ……」

「ただ?」

「斥候の一部が戻ってこなかった」大佐の表情が曇った。「捕まったか、最悪の場合は……」

 敵に捕らえられたか、命を落としたか。どちらにせよ良い知らせではない。

「では、防衛計画を立てましょう」俺は地図に向き直った。

 全員で砦の防衛策を議論した。主力は大門の防衛に置き、東西の塔には弓兵を配置。裏門には小部隊を置き、不測の事態に備える。

「あと一つ、気になることがあります」フェリナが口を開いた。「ラドルフの『魂の鎖』についてですが……」

「魂の鎖?」グレイスン大佐が訝しげに尋ねた。

 俺たちはラドルフの特殊な能力について説明した。兵士たちの精神を支配する禁忌の魔術、その効果と限界について。

「そんな力があるのか……」大佐は驚きを隠せなかった。「だから彼の軍は異様なほど統制がとれているのか」

「はい」フェリナは頷いた。「しかし、その力には限界があります。彼から離れるほど効果は弱まり、範囲外の兵士には効きません」

「それを利用した作戦が必要ですね」俺は言った。「彼の『支配』が及ばない状況を作り出せば、勝機はある」

 議論は続き、日が傾いていった。最終的な防衛計画が決まり、各自の役割が定められた。

「では、兵に指示を出そう」グレイスン大佐が言った。「明日以降、激しい戦いになるだろう」

 指示を受けた兵士たちは、それぞれの持ち場に向かっていった。俺もセリシアとフェリナと共に、砦の各所を巡回して状況を確認した。

 砦内の兵士たちの様子を見ていると、少し気になることがあった。彼らは俺たちを見るたびに、小声で何かを話し合っている。特に俺を見る目が、懐疑的だ。

「気にするな」セリシアが小声で言った。「噂は広まっているんだろう。サンガード要塞のことや、あなたの若さのことを」

「そうだね」俺は頷いた。「仕方ないよ。結果で証明するしかない」

 夕食時、食堂では険悪な空気が漂っていた。援軍として来た俺たちの兵と、元々砦にいた兵との間に壁があるようだ。別々のテーブルに分かれて食事をし、交流は最小限だった。

「このままじゃまずいな」シバタ大尉も心配そうに見ていた。「戦う前から内部分裂では勝てない」

「何か方法はないでしょうか」俺は尋ねた。

 大尉はしばらく考え込んでいたが、やがて立ち上がった。

「兵たちの前で話をしよう」彼は言った。「ソウイチロウ、君も来い」

 大尉と共に食堂の中央に立つと、徐々に兵士たちの会話が静まっていった。

「諸君」大尉は力強い声で言った。「明日からの戦いに向けて、一つ言っておきたいことがある」

 全員の視線が大尉に集まる。

「我々は皆、同じ王国の兵士だ」彼は続けた。「援軍も砦の兵も、命を賭けて戦う仲間だ。互いに信頼し合わなければ、勝利はない」

 兵士たちの間でざわめきが起きた。

「ソウイチロウ補佐官について、様々な噂が広まっていることは知っている」大尉は俺を見た。「若すぎる、経験が足りない、運だけだ、などとな」

 食堂が静まり返る。

「だが、私は彼と共に戦った」大尉はきっぱりと言った。「彼の『読み』の才は本物だ。サンガード要塞での敗北も、より強くなるための糧となった」

 兵士たちの表情が少しずつ変わっていく。

「明日から始まる戦いは厳しい」大尉は言った。「だが、一丸となって戦えば、必ず勝てる。全員の命と、この砦を守るために」

 大尉の言葉が終わると、一人の年配の兵士が立ち上がった。

「大尉殿のおっしゃる通りです」彼は深い声で言った。「我々も噂に惑わされるべきではない。明日からは一つの軍として戦いましょう」

 少しずつ、兵士たちの間に融和の空気が広がっていった。別々に座っていた兵士たちが席を移動し始め、会話も活発になる。

「ありがとうございます」俺は大尉に感謝した。

「互いに信頼し合える環境を作るのも、指揮官の役目だ」大尉は言った。「明日から彼らは君の指示で動く。信頼関係は必須だ」

 俺も兵士たちの中に入り、少しずつ交流を深めていった。最初は緊張していた彼らも、話していくうちに打ち解けてきた。特に、麻雀に似たカードゲームが砦の兵の間で流行っていると知り、そこから会話が弾んだ。

 夜も更け、兵士たちは明日に備えて就寝し始めた。俺も自分の部屋に戻る準備をしていると、フェリナが近づいてきた。

「少し話せる?」彼女は小声で言った。

「もちろん」

 二人で砦の城壁に上がった。夜風が冷たく、遠くには敵陣の灯火が見える。

「明日、ラドルフが来る」フェリナは静かに言った。「私にとっては……特別な日になる」

 彼女の声には、緊張と決意が混じっていた。

「彼との因縁があるんだよな」俺は優しく言った。

「ええ」彼女は頷いた。「彼に父を殺され、家族は離散した。私はその復讐のために、ここにいるようなものよ」

 彼女の率直な告白に、何と答えていいかわからなかった。

「すまない、重い話をして」フェリナは少し微笑んだ。「でも、あなたには知っておいてほしかった」

「ありがとう」俺は真摯に答えた。「俺も全力で戦うよ。ラドルフを止めるために」

 二人は暫く黙って夜空を見上げていた。

「明日の戦い」フェリナが不意に言った。「勝てると思う?」

 正直な質問に、俺も正直に答えた。

「難しい戦いになる」俺は言った。「でも、勝つ方法はある。彼の『魂の鎖』を理解し、その弱点を突けば」

 フェリナは静かに頷いた。

「あなたを信じてるわ」彼女は言った。「おやすみなさい、そして……明日、気をつけて」

「おやすみ」

 フェリナが去った後も、俺は暫く城壁に残って敵陣を見つめていた。ラドルフの軍勢。前回は完敗したが、今度は違う。今度は準備がある。

 部屋に戻り、就寝前に最後の作戦確認をした。地図を広げ、様々なシナリオを頭に描く。

(明日が勝負だ……)

 そう思いながら、俺は床に就いた。

 ***

 夜明け前、俺は目を覚ました。今日が戦いの日だ。急いで準備を整え、作戦室に向かった。

 作戦室には既にシバタ大尉、グレイスン大佐、セリシアがいた。

「おはよう」大尉が声をかけた。「よく眠れたか?」

「はい」俺は頷いた。「最新の状況は?」

「敵が動き始めた」大佐が地図を指さした。「夜明けと共に陣を解き、こちらに向かっている」

 砦の見張り台から敵を観察すると、黒と赤の軍旗を掲げた大軍が、ゆっくりと進軍してくるのが見えた。その規律正しい動きは、確かにただの軍隊のものではない。

「総数は約1500」セリシアが報告した。「騎兵、歩兵、弓兵がバランス良く配置されています」

「攻城兵器は?」俺が尋ねた。

「簡易な攻城塔と梯子、破城槌を確認」彼女は答えた。「本格的な包囲戦の準備のようです」

 俺は敵の布陣を観察した。中央に主力、両翼にやや小さな部隊。標準的な配置だが、どこか不自然さを感じる。

「何か違和感がある……」俺は呟いた。

「どこが?」大尉が尋ねた。

「配置が……あまりにも分かりやすすぎる」俺は双眼鏡で敵を見ながら言った。「まるで、『ここに攻めてきてください』と言わんばかりだ」

 確かに、敵の中央部には隙があるように見える。通常なら、そこを狙いたくなる配置だ。

「罠か?」大尉が眉をひそめた。

「そう思います」俺は頷いた。「あの布陣、流れが不自然だ」

 セリシアも敵を観察し、同意した。

「確かに、意図的すぎるわね」彼女は言った。「彼は私たちに特定の行動を取らせようとしている」

 そこにフェリナが合流した。彼女は既に情報収集を終えたようだ。

「報告します」彼女は緊張した面持ちで言った。「敵は三方向から砦を囲む態勢です。特に南正面に主力を置いています」

「ラドルフの姿は?」俺が尋ねた。

「確認できました」フェリナの声が少し震えた。「中央部、赤い天幕の下にいます」

 双眼鏡で示された方向を見ると、確かに豪華な赤い天幕が見える。その周りには精鋭部隊が固く守りを固めている。

「この布陣には意図がある」俺は言った。「彼は我々に特定の動きをさせたいんだ」

「では、どう対応する?」グレイスン大佐が尋ねた。

 俺は少し考え、決断した。

「予定通り、砦の防衛を固めます」俺は言った。「だが、相手の誘いには乗らない。彼らの動きを見てから対応する」

 全員が同意し、各自の持ち場に散った。俺はセリシアと共に大門の上に立ち、敵の接近を見守った。

 太陽が昇り、戦場全体が明るくなる中、敵はゆっくりと砦に近づいてきた。約500メートルの距離で止まり、陣を敷き始めた。

「包囲態勢を取っている」セリシアが観察した。「すぐには攻めてこないようね」

「そうだな」俺は頷いた。「おそらく、我々の動きを見てからだ」

 両軍の睨み合いが続く中、突然、敵陣から一騎の使者が出てきた。白旗を掲げ、砦に向かって進んでくる。

「使者だ」グレイスン大佐が言った。「何の用だろう」

 使者が砦の前に到着し、声を張り上げた。

「砦の守備隊に告ぐ! 我が総帥ラドルフ・ゼヴァルド閣下より、降伏勧告である!」

 兵士たちの間に動揺が走る。

「砦を明け渡せば、全員の命は保証する! 抵抗すれば、一人残らず処断する! 返答は一時間後まで待つ!」

 使者は言い終えると、敵陣に戻っていった。

「降伏勧告か」シバタ大尉が冷ややかに言った。「当然拒否だな」

「もちろん」グレイスン大佐も強く頷いた。

 俺は敵陣を見つめながら考えていた。なぜ、ラドルフはこのようなことをするのか。彼は必ず意図を持っている。

「時間稼ぎか……」俺は呟いた。「彼は何か準備をしているのかもしれない」

 念のため、砦の周囲を再確認するよう指示を出した。特に裏口や弱点になりそうな場所を重点的に。

 一時間後、再び使者が現れた。

「返答はいかが?」

 グレイスン大佐が大門の上から応えた。

「拒否する! 砦は決して渡さん!」

 使者は一礼し、再び敵陣へと戻っていった。すると、敵陣から角笛の音が響き、兵士たちが動き始めた。

「来るぞ!」シバタ大尉が警告した。

 敵は三方向から砦に向かって進軍を始めた。特に南正面の主力部隊が大きく前進してくる。

「全軍、戦闘準備!」俺は命じた。「弓兵、構えろ!」

 砦の上には弓兵たちが並び、敵の接近を待つ。敵が射程距離に入るまで、あと少し。

「まだだ……」俺は様子を見ていた。「まだ……」

 敵が射程内に入った瞬間、俺は命令を下した。

「発射!」

 一斉に矢が放たれ、敵の前列に降り注いだ。何人かが倒れたが、後続の兵士たちは淡々と進軍を続ける。

「また発射!」

 再び矢が放たれる。しかし、敵の動きに乱れはない。まるで機械のような精密さで、彼らは着実に砦に近づいてくる。

「あれがラドルフの『魂の鎖』か……」グレイスン大佐が呟いた。「恐るべき力だ」

 敵は砦の壁の下まで到達し、攻城梯子を立て始めた。同時に、破城槌を持った部隊が大門に迫る。

「大門を守れ!」俺は命じた。「東西の塔から側面射撃を!」

 激しい戦闘が始まった。敵は梯子で壁を登ろうとし、我々は石や槍で応戦する。大門には破城槌が迫り、門を揺るがす音が砦全体に響く。

 俺はセリシアと共に大門の防衛を指揮していた。敵の攻撃は激しいが、まだ砦の防衛線は持ちこたえている。

 しかし、どこか違和感があった。敵の攻撃が、あまりにも標準的すぎるのだ。ラドルフのような戦術家なら、もっと奇策を用いてもおかしくない。

「これは囮か……」俺は不安を感じ始めた。

 その時、砦の裏側から騒がしい声が聞こえた。

「報告!」伝令の兵士が走ってきた。「敵が裏門に接近しています! 小部隊が洞窟から現れました!」

 俺の予感は的中した。表の攻撃は囮で、本当の狙いは裏門だったのだ。

「セリシア、大門の指揮を頼む」俺は決断した。「俺は裏門に行く」

「了解」彼女は頷いた。

 俺は急いで裏門に向かった。そこでは既に激しい戦闘が始まっていた。敵はどこからか洞窟を見つけ、砦の裏側に回り込んできたのだ。

「状況は?」俺は守備隊の隊長に尋ねた。

「敵約100名が接近中です!」隊長は報告した。「今のところ持ちこたえていますが……」

 俺は迅速に対応を考えた。裏門は大門ほど堅牢ではない。破られれば、敵は砦内に侵入できる。

「予備兵力を呼べ」俺は命じた。「裏門を固める!」

 急いで予備兵力が集められ、裏門の防衛が強化された。俺自身も前線に立ち、兵士たちと共に戦った。

 敵の攻撃は執拗だったが、なんとか持ちこたえている。しかし、これが本当の攻撃なのか、それともさらなる囮なのか……。

 日が傾き始め、最初の戦いは終わりに近づいていた。敵は徐々に撤退し始め、砦の周囲に陣を敷いた。どうやら、今日は試し攻めだったようだ。

 作戦室に集まった指揮官たちと、今日の戦いを振り返る。

「被害は?」俺は尋ねた。

「死者15名、負傷者約40名」グレイスン大佐が報告した。「敵の損害は少なくとも100名以上だろう」

 初日としては上出来だ。砦は無事守られ、敵に大きな損害を与えた。

「しかし、これは始まりに過ぎない」シバタ大尉は警告した。「ラドルフは本気で攻めてきていない」

「そうですね」俺も同意した。「彼は砦の防衛体制を探っていたのでしょう」

「明日はもっと本格的な攻撃が来るだろう」大尉は言った。「今日の経験から、防衛体制を見直す必要がある」

 俺は砦の地図を見ながら考えた。裏門が弱点だと敵に知られてしまった今、そこをどう守るか。

「ラドルフの狙いは?」セリシアが尋ねた。

「おそらく砦の内部に分断を起こすことだろう」俺は分析した。「複数の攻撃ポイントを作り、我々の兵力を分散させる」

「では、どう対応する?」大佐が尋ねた。

「機動力だ」俺は答えた。「固定的な防衛ではなく、状況に応じて兵力を素早く移動させる」

 その戦術についてさらに詳しく説明し、全員の同意を得た。明日に備えて、兵士たちにも新たな指示を出す。

 夕食後、俺は砦の城壁を巡回していた。兵士たちの士気は高く、初日の勝利で自信を深めている。

 フェリナが近づいてきた。

「お疲れ様」彼女は言った。「初日は上手くいったわね」

「ああ」俺は頷いた。「だが、これはラドルフの本気ではない」

「そうね」彼女も同意した。「彼の本当の戦術はこれからよ」

 二人で敵陣を見つめていると、赤い天幕の前に人影が見えた。鎧を着けた背の高い男性——おそらくラドルフだ。

「あれが……」俺は双眼鏡で見た。

「ええ」フェリナの声が冷たくなった。「赤眼の魔将、ラドルフ・ゼヴァルド」

 距離があるため表情は見えないが、何か不吉なオーラを感じる。この男との本当の戦いは、明日から始まるのだ。

「準備はできている」俺は決意を込めて言った。「今度は勝つ」

 フェリナは黙って頷いた。彼女の目には、決意と不安が混じっていた。

「おやすみなさい」彼女は小さく言った。「明日も……気をつけて」

「ああ、君も」

 フェリナが去った後、俺はもう一度敵陣を見つめた。ラドルフの姿はもう見えない。だが、彼の存在は明確に感じられる。

(敵の動きに"隙を見せて誘う"意図がある……)

 俺は内心で呟いた。彼は必ず次の一手を用意している。それを読み、対応するのが俺の役目だ。

 明日からの戦いに備え、俺は部屋に戻った。戦いは始まったばかり。本当の勝負はこれからだ。