第11話「温泉の掃除」
村に戻った一行が温泉の発見を報告すると、予想通り大きな反響があった。ガルド村長は目を輝かせ、すぐに村人たちを集めて会議を開いた。広場に集まった村人たちは、ライルとメリアの話に熱心に耳を傾けていた。
「つまり、あの東の丘の下に温泉があったというのか?」ガルド村長は信じられないという表情で尋ねた。
「はい」ライルは頷いた。「かなり古い施設ですが、構造はしっかりしています。水も透明で、温度も心地よいです」
メリアも興奮した様子で付け加えた。「薬効があるかもしれないわ。匂いや成分から判断すると、体の疲れを癒す効果が期待できるわね」
村人たちの間で驚きの声と期待の声が入り混じった。年配の女性が手を上げて言った。「私の子供の頃、祖母が『村の近くに神の湯があった』という話をしていたのを思い出すわ。まさかそれが本当だったなんて」
「明日から施設の清掃を始めましょう」ガルド村長は決断を下した。「長年使われていなかったのだから、使用前にはしっかり整備する必要がある」
村人たちからは賛同の声が上がった。特に年配者たちは、温かい湯に浸かれる可能性に喜びの表情を浮かべていた。ドリアンの鍛冶屋は「必要な道具は提供しよう」と申し出、大工のマカラも「施設の補修なら任せてくれ」と力強く言った。
翌朝、ライルが目を覚ますと、コルが既に起きて窓の外を見ていた。外から聞こえる話し声に、ライルは急いで着替えて外に出た。
家の前には、すでに数人の村人が集まっていた。皆、シャベルやほうき、バケツなどの掃除道具を持っている。トムとマリィも小さなほうきを手に、ワクワクした表情を浮かべていた。
「おはよう、ライル」ドリアンが声をかけた。「みんな朝早くから集まってきたんだ。温泉が楽しみでね」
「こんなにたくさんの人が……」ライルは驚いた。予想以上の人数だった。
フィリスも家から出てきて、人々の熱意に微笑んだ。彼女は今日も村人に紛れるため、普段着に身を包み、髪の色も少し暗めに変えていた。
「朝食はどうする?」ライルがフィリスに尋ねた。
「メリアさんが用意してくれたわ」フィリスは広場の方を指さした。
村の広場では、メリアが大きな鍋で何かを温めていた。朝食用のスープだった。働き手たちが集まり、皆で暖かいスープとパンの朝食を取った。食事中も会話は温泉のことでもちきりだった。
「どんな効能があるんだろうね」若い女性が興味深そうに尋ねた。
「肌がすべすべになったりするかしら」別の女性が期待を込めて言った。
「私は腰痛が良くなればいいな」年配の男性がため息交じりに言った。
メリアは皆に「薬効については、成分を調べてからでないと何とも言えない」と答えつつも、「でも、温かい湯に浸かるだけでも、血行が良くなって体に良いわ」と付け加えた。
朝食を終えると、一行は東の丘へと向かった。前日ライルたちが通った道をたどり、洞窟の入口に到着した。入口はまだ草や蔦で覆われていたが、昨日より少し開けていた。
「まずは入口の清掃から始めましょう」ガルド村長が指示を出した。
村人たちは手分けして作業を始めた。男性たちが大きな道具を使って蔦や草を取り除き、女性たちは細かな部分の清掃を担当した。子供たちも小さな石を拾ったり、軽い作業を手伝ったりしていた。
ライルは入口の石組みから蔦を取り除く作業を担当していた。何百年も積み重なった植物の根は意外と強固で、丁寧に取り除かなければならなかった。
「これは大変な作業だね」隣で同じように作業していたドリアンがため息をついた。額には汗が浮かんでいる。
「でも、終わった後には温泉が待っているからね」ライルは笑顔で答えた。
コルも作業に加わっていた。彼は土を掘るのが得意で、入口周辺の土を掻き出す役目を担っていた。小さな体で一生懸命に土を掻き出す姿に、村人たちは時折笑みを浮かべた。
フィリスは若い女性たちと一緒に、石組みの細かな部分を小さなブラシで丁寧に磨いていた。彼女の動きは優雅で、まるで何か神聖な儀式を行っているかのようだった。
「フィリスさんは凄く器用ね」一緒に作業をしていた女性が感心した。
「ありがとう」フィリスは微笑んだ。「ただ、この石に触れると、何だか懐かしい気持ちになるの」
午前中の作業で、入口周辺はかなり整備された。蔦や草は取り除かれ、石組みの美しさが徐々に現れてきた。入口の上部に刻まれていた文様も、土や苔を取り除くことでより鮮明になった。
「これは美しい……」ガルド村長は文様に見入った。「いったい誰がこんなものを作ったんだろう」
メリアはフィリスに小声で尋ねた。「神々の時代のものなのよね?」
フィリスは小さく頷いた。「そう。でも、それは村人には内緒にしておいて」
昼食時には、全員が洞窟の入口付近に集まり、持ってきた弁当を広げた。朝よりも陽射しが強まり、丘の斜面は心地よい暖かさに包まれていた。ライルはフィリスとコルのために用意した特製のサンドイッチを取り出した。
「お腹すいた」フィリスは率直に言った。彼女は普段から食事を楽しみにしていたが、今日の作業で特にお腹が空いたようだった。
コルもライルの足元で期待の眼差しを向けていた。ライルは笑いながら、コル用のサンドイッチも取り出した。
「コルもすごく働いたもんね」ライルはコルの頭を撫でた。コルの毛皮には土埃が付き、いつもの輝くような銀色は少し曇っていたが、それでも彼は嬉しそうに食事を受け取った。
食事中、マリィが突然指さして叫んだ。「見て! コルのお顔!」
全員が振り返ると、コルの顔の周りが泥で覆われ、まるで茶色のマスクをしているかのように見えた。一生懸命にサンドイッチを食べようとするたびに、泥が余計に顔に広がっていく様子があまりにもコミカルで、全員が大笑いした。
恥ずかしそうにするコルを見て、フィリスはハンカチを取り出し、優しく顔を拭いてあげた。「もう、あなたったら」
昼食後、いよいよ洞窟内部の清掃に取りかかった。内部は松明やランタンで照らされ、昨日ライルたちが見た以上の美しさが明らかになった。石壁の模様や彫刻が光に照らされ、村人たちから歓声が上がった。
「壮大だね……」若い男性が感嘆の声を上げた。
「私たちの村の近くにこんな場所があったなんて」年配の女性は目を見開いて言った。
内部の清掃作業は想像以上に大変だった。長い年月をかけて堆積した土や埃を取り除き、壁や床を磨き上げる必要があった。特に中央の広間と台座周辺は重点的に清掃することになった。
村人たちは小グループに分かれて作業を進めた。若い男性たちは重い石や堆積物を運び出し、女性たちは細かな部分の清掃を担当した。ガルド村長は作業全体を指揮し、効率よく進むよう努めた。
コルはさらに活躍していた。彼は小さな体を活かして、人の手が届きにくい隙間に入り込み、そこにたまった埃や小石を掻き出していた。時には、あまりに狭い場所に入り込んで身動きが取れなくなり、ライルに助け出されることもあった。
ある時、コルが台座の下から這い出してきた時、彼の全身は泥だらけだった。銀色の美しい毛皮は茶色に変わり、まるで別の生き物のように見えた。その姿に、作業をしていた村人たちは思わず笑い声を上げた。
「コル、一体何をしていたの?」フィリスは呆れたような、でも愛情のこもった表情で尋ねた。
コルは少し恥ずかしそうに尾を振った。しかし、彼が台座の下から掻き出したのは、単なる泥ではなかった。そこには小さな金属製の装飾品のようなものが混じっていた。
「これは……」ライルは小さな金属片を拾い上げた。
それは植物の葉をかたどった銀色の小さな装飾品だった。長年の埃で覆われていたが、拭うとまだ輝きを保っていた。
「素敵ね」メリアが覗き込んだ。「装飾品かしら?」
フィリスはその小さな葉を手に取り、深い懐かしさを感じるような表情を浮かべた。「これは……神殿の装飾の一部よ。きっと床に敷き詰められていたのね」
村人たちは清掃を続けながら、さらにいくつかの小さな装飾品を発見した。それらは主に植物や水をモチーフにしたもので、床の一部として埋め込まれていたようだった。
中央の台座の清掃は特に注意深く行われた。昨日ライルたちが起動させた温泉の源泉は、今も湧き続けていた。透明で温かい水が台座から溢れ、床の溝を伝って流れていく様子は幻想的だった。
「この水、本当に気持ちよさそう」若い女性が溝の水に手を浸して言った。「もう入りたいわ」
「まだダメよ」メリアは制した。「施設全体の清掃と安全確認が終わってからにしましょう」
午後も作業は続いた。太陽が西に傾き始める頃には、洞窟内部の大部分が清掃され、かつての美しさを取り戻しつつあった。壁面の模様は埃が取り除かれてより鮮明になり、床の石も磨かれて輝きを増していた。
村一番の大工であるマカラは、施設の構造をつぶさに観察していた。「驚くべき技術だ」彼は感心した様子で言った。「これだけの空間を地下に作り、しかも何百年も崩れずに残っているなんて」
「でも、一部は修復が必要ね」彼の妻が言った。「特に入口付近と壁の一部が崩れかけているわ」
「明日、必要な材料を持ってきて修復しよう」マカラは頷いた。「数日かければ、かなり良い状態にできるはずだ」
夕方になり、一日目の作業は終了した。村人たちは疲れながらも充実感に満ちた表情で、道具をまとめ始めた。
「皆さん、今日は本当にお疲れ様でした」ガルド村長が声を上げた。「明日も続きをやりましょう。数日で使えるようになるでしょう」
帰り道、疲れた体を引きずりながらも、村人たちの会話は明るかった。温泉施設の完成を楽しみにする声や、どのように活用するかのアイデアが飛び交った。
ライル、フィリス、コルも最後の一団として丘を下りていた。コルは特に疲れた様子で、時々立ち止まってはあくびをしていた。
「コル、よく頑張ったね」ライルは微笑んで言った。「家に帰ったら、ちゃんと毛を洗ってあげるよ」
コルはまだ泥だらけの体で、ぐったりとしながらも尾を振った。彼の働きぶりは村人たちにも認められ、多くの人が「コルのおかげで」と言いながら彼の頭を撫でていった。
フィリスも疲れた様子だったが、満足そうな表情を浮かべていた。「懐かしい場所が、また人々に使われるようになるのね」
「神様の時代の遺物が復活するみたいだね」ライルは小声で言った。
フィリスはただ微笑むだけだった。彼女の目には、遠い記憶を思い出すような深い光があった。
村に戻ると、ライルはすぐにコルのために湯を沸かし、大きな桶に入れた。コルは最初は湯に入るのを嫌がったが、ライルが優しく体を洗ってあげると、次第に気持ち良さそうな表情になった。泥が洗い流され、本来の美しい銀色の毛皮が現れると、コルはまるで生まれ変わったかのように元気を取り戻した。
夕食は簡素なものだったが、一日の労働の後だけに格別に美味しかった。三人はキッチンテーブルを囲み、今日の成果と明日の計画について話し合った。
「あと数日で、温泉が使えるようになりそうだね」ライルは嬉しそうに言った。
「ええ」フィリスも頷いた。「神々の恵みが、再び人々に届けられる日が近づいているわ」
コルはすでに眠りに落ちかけており、ライルの足元で丸くなっていた。その寝顔は穏やかで、一日の疲れを癒しているようだった。
明日への期待と今日の達成感を胸に、三人も早めに床に就いた。明かりを消した家の中で、ライルは明日も続く温泉施設の清掃作業に思いを馳せながら、静かな眠りへと落ちていった。