第8話「地下への探索」
松明の揺らめく光が、洞窟の入口を不思議な陰影で照らし出していた。ライルが一歩踏み出すと、足元から小さな砂利がカサカサと音を立てる。その音が洞窟内に反響し、思ったより広い空間があることを示していた。
「みんな、気をつけて。足元が見えにくいから」
ライルは松明を高く掲げ、前方を照らす。メリアもランタンを持ち上げ、光の範囲を広げた。フィリスはライルの背後で、コルは先頭を歩きながら時折立ち止まって周囲を嗅いでいる。
入口から数歩進むと、洞窟の内部が徐々に開けていった。天井は予想以上に高く、3メートルほどはあるだろうか。壁面は自然の岩肌というよりも、人の手で削られたように滑らかな部分が多い。
「思ったより広いわね」メリアが声を上げた。彼女の言葉が洞窟内で微かに反響する。「自然の洞窟じゃないみたいね」
「ええ」フィリスも頷き、周囲を見回した。「これは明らかに人の手が加わっているわ。しかも、かなり昔に」
コルが少し先に進み、何かを見つけたように鳴いた。ライルたちが近づくと、壁に取り付けられた古い金属製の松明立てが見えた。長い年月を経て錆びついてはいるが、その造形は美しく、螺旋状に曲げられた金属が松明を固定するための輪を形作っていた。
「これは……」ライルは驚きを隠せなかった。松明立ての近くにある壁面には、かすかな煤の跡も残っている。「昔、誰かがここで松明を灯していたんだ」
ライルは自分の松明を近づけてみた。松明立ての大きさは、ちょうど彼の持っているものを差し込めるサイズだった。試しに松明を差し込んでみると、ぴったりと収まった。
「まるで、私たちの来訪を待っていたみたいね」フィリスが静かに言った。その言葉に、なぜか三人とも身震いがした。
洞窟は直線ではなく、ゆるやかに曲がりながら奥へと続いていた。壁沿いには等間隔で松明立てが取り付けられており、一行は進みながら手持ちの松明をそれらに灯していった。灯された松明の光は、古びた壁面を温かく照らし出し、不思議な安心感をもたらした。
「この松明立て、よく見ると模様が刻まれているわ」メリアが一つの松明立てを近くで観察した。「蔦や葉のようなデザインね」
ライルも近づいて見てみると、確かに金属の表面には植物のような装飾が施されていた。金属の錆と長い年月のせいで分かりにくくなっているが、かつては美しい模様だったに違いない。
コルは少し先で、地面の何かを嗅いでいた。三人が近づくと、床に残された古い足跡の跡が見えた。石の床が長年の使用で少し窪んでいる部分があり、多くの人々が行き来した形跡を示していた。
「ここは昔、人がよく通る場所だったのね」フィリスが言った。彼女は床の窪みに触れてみた。「でも、村長の記憶にあるよりもずっと前からあったみたい」
奥へ進むにつれ、空気が少し変わってきたことにライルは気がついた。入口付近の乾いた空気から、徐々に湿り気を帯びてきたのだ。同時に、ほんのりとした温かさも感じられるようになった。
「少し暖かくなってきたね」ライルが言うと、メリアも頷いた。
「湿気も増してきたわ。地下水でも近くにあるのかしら」
フィリスは目を閉じ、何かを感じ取るように静止した。「地脈が……強くなっているわ。この先に何かがあるはず」
彼女の言葉に、コルが鳴き声で同意するかのように反応した。
洞窟はさらに奥へと続いていた。壁面の石材も徐々に変化し、入口付近の粗い岩肌から、より加工された滑らかな石へと変わっていった。時折、壁に刻まれた古い紋様も見つかる。摩耗して判別しづらいが、何かの文字や記号のようにも見えた。
「これは……何の文字だろう?」ライルは壁に刻まれた紋様を松明で照らしながら尋ねた。
フィリスがその紋様に近づき、指先でなぞった。「分からないわ。でも、どこかで見たことがあるような……」
彼女の指が紋様に触れた瞬間、かすかに光ったように見えた。しかし、それはあまりにも一瞬のことで、松明の光の錯覚かもしれなかった。
メリアは壁の別の部分を調べていた。「ここにも同じような紋様があるわ。何かの説明か、警告なのかもしれないわね」
コルは先へ先へと急ぐように歩いていた。時折立ち止まっては振り返り、三人に早く来るよう促す。彼の金色の瞳が松明の光を反射して、暗闇で輝いていた。
「コルは本当に急いでるね」ライルは微笑んだ。「何か大事なものを知っているみたい」
洞窟内部はさらに湿度が高まり、壁からはわずかに水が滲み出ているところもあった。地面も徐々に湿ったものに変わり、足跡がくっきりと残るようになった。
気温も少しずつ上昇し、薄手の上着を着ていたメリアは袖をまくり上げた。「かなり暖かくなってきたわね。不思議なほどよ」
「うん」ライルも同意した。「外の気温とはまるで違う。地熱か何かがあるのかな」
フィリスは何も言わなかったが、その表情には知っているような、あるいは何かを思い出そうとしているような緊張感があった。
さらに10分ほど歩いた頃、洞窟の道は広い空間へと開けていった。松明の光では全体を照らすことはできないが、天井がさらに高くなり、壁面も左右に広がっていることが感じられた。
「声が響くわ」メリアが言った。確かに、彼女の声は広い空間内で反響し、複数の方向から戻ってきた。
ライルは松明を高く掲げ、前方を照らした。洞窟の通路は大きな空間へと通じており、その先には何らかの構造物の輪郭が見えた。
「あれは……」
一行は足を進め、広い空間の中心に向かって歩いていった。松明の光が前方を照らすにつれ、次第にその全容が明らかになっていく。
それは巨大な石造りの広間だった。天井は5メートル以上の高さがあり、丸い円形のドーム状になっている。床は滑らかな石で覆われ、中央には大きな円形の石造り台座があった。壁面には複雑な文様や紋章が彫り込まれており、かつての栄華を物語っていた。
「信じられない……」ライルはその広大な空間に圧倒され、声をひそめた。「こんな場所が、村のすぐ近くにあったなんて」
メリアも驚きに目を見開いていた。「これは単なる洞窟じゃない。誰かが意図的に作った施設ね」
フィリスは静かに中央の台座に近づいていった。彼女の表情には懐かしさと不思議さが混ざっていた。コルも彼女の後を追い、二人は中央の台座の前で立ち止まった。
台座は直径3メートルほどの円形で、中央には何らかの装置か機構があるように見えた。その周囲には同じような紋様が刻まれており、床から台座に向かって浅い溝のようなものが放射状に伸びていた。
ライルとメリアも近づき、四人は中央の台座を囲むように立った。松明の光が台座を照らし出すと、その石面がわずかに光を反射するように見えた。
「これは一体何なのかしら……」メリアは戸惑いの声を上げた。
ライルは台座を注意深く観察していた。「石の種類が違うね。ここだけ、青みがかった石が使われている」
フィリスはゆっくりと手を伸ばし、台座の表面に触れようとした。彼女の指先が石に触れる直前、コルが小さく鳴いた。まるで注意を促すかのようだった。
フィリスは一瞬躊躇したが、それでも優しく台座に手を置いた。その瞬間、彼女は何かを思い出したような表情になった。
「これは……」
ライルは彼女の変化に気づき、心配そうに尋ねた。「フィリス、何かわかったの?」
フィリスは目を閉じ、台座に両手を置いたまま静かに言った。「これは神の時代の遺物。でも、違和感がある……何か、記憶にないものが……」
彼女の言葉が途切れたとき、コルが突然、台座の別の箇所を前足で掻き始めた。その場所には小さな凹みがあり、何かが埋め込まれていたようだった。
「コル、何を見つけたの?」ライルが近づいて確認すると、台座の縁に沿って細かい模様が刻まれており、そのうちの一つ、コルが掻いていた部分には、何かのシンボルが彫られていた。
メリアがランタンを近づけると、それは葉の形に似た紋章のようだった。他にも似たようなシンボルが台座の縁を彩っていたが、その多くは時間の経過で摩耗していた。
四人は言葉少なに中央の台座を観察し続けた。この石造りの広間と台座の存在は、村の近くに眠っていた思いがけない発見だった。それが一体何のために作られたのか、誰が使っていたのか、そしてなぜ長い間忘れられていたのか——多くの謎が彼らの心に浮かんでいた。
そして何より、フィリスの反応が示唆していたのは、この場所が単なる古い建物ではなく、もっと深い意味を持つものかもしれないということだった。神の時代の遺物——それは彼女自身の過去とも関わりがあるのだろうか。
松明の火が静かに揺れる中、四人は引き続き広間を探索することにした。この古代の石造りの空間が秘める謎を解き明かすための、最初の一歩を踏み出したばかりだった。