第3話「屋根の完全修復」
朝方から村に降り続けていた小雨は、昼過ぎには止み、雲の間から日差しが顔を覗かせ始めた。ライルは家の軒先に立ち、濡れた屋根を見上げていた。雨漏りは以前よりだいぶ減ったものの、いくつかの場所ではまだ雫が落ちてくる。特に二階の一部と、キッチンの天井からの滴りが気になっていた。
「まだ完全には直っていないね」彼は独り言のように呟いた。
「大丈夫よ、これくらいなら私が……」フィリスが自信満々に言いかけたが、ライルは慌てて止めた。
「いや、前回君が屋根を『修理』しようとした時のことを覚えてるよ。半分が吹き飛んで、一週間も直すのに苦労したじゃないか」
フィリスは頬を膨らませた。「それは力の加減を間違えただけよ。今度はもっと上手くできるわ」
コルが二人の会話を聞きながら、「やめておいた方がいい」と言いたげに小さく鳴いた。
ライルが返事に困っていると、村の大工マカラがやってきた。彼は腰に道具袋を下げ、肩に木材を担いでいた。
「おや、ライル、今日は良い天気になったな」マカラは陽気に挨拶した。「屋根の様子はどうだい?」
「マカラさん、ちょうど良かった」ライルは安堵の表情を見せた。「まだいくつか雨漏りがしているんです」
マカラは頷き、家の周りを歩いて屋根を調査した。「うむ、あと数か所修理が必要だな。今日は道具と材料を持ってきたから、一緒に直してしまおう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
マカラが笑いながら答えようとした時、村の方から声が聞こえてきた。振り返ると、ドリアン、ガルド村長、そして何人かの村人たちが道具や材料を持ってやってきていた。
「おや、みなさん?」ライルは驚いた顔で尋ねた。
「屋根の修理を手伝いに来たよ」ドリアンが答えた。「今日でライルの家の雨漏りを完全に解決しよう」
ガルド村長も頷いた。「神域の契約者の家が雨漏りしているなんて、見過ごせないからね」
ライルは胸が熱くなるのを感じた。「みなさん……ありがとうございます」
フィリスもコルも嬉しそうな表情を浮かべた。特にコルは尾を激しく振り、村人たちの周りをぐるぐると走り回っていた。
準備が整うと、修理作業が始まった。マカラの指示の下、村人たちはそれぞれの役割を果たした。若い男性たちはライルと共に屋根に上り、傷んだ板を取り外し、新しい板を取り付けていく。年配の村人たちは地上で材料を準備し、女性たちは作業員に水や軽食を届けた。
フィリスも手伝おうと屋根に登ろうとしたが、村の女性たちに「神様は見守っていてください」と丁重に止められ、結局地上でコルと共に作業を見守ることになった。
「私だって力仕事くらいできるのに……」彼女は少し不満げに言ったが、コルが彼女の膝に頭を乗せると、その柔らかい毛並みを撫でながら落ち着いた様子になった。
作業は順調に進み、傷んだ屋根板が次々と新しいものに取り替えられていった。特に問題だったキッチン上部は、マカラの提案で構造を少し変更し、より頑丈な作りになった。
「これで雨漏りの心配はなくなるだろう」マカラは満足げに言った。
昼過ぎ、村の女性たちが用意した昼食が振る舞われた。村人たちは家の前に輪になって座り、おにぎりやスープを分け合った。その輪の中心には、ライル、フィリス、コルがいた。
「村に来てから、みなさんには本当にお世話になっています」ライルは感謝の言葉を述べた。「最初は荒れ果てた家だったのに、今では本当に住みやすくなりました」
「気にするな」ドリアンは豪快に笑った。「お前は村のために大きな貢献をしている。この程度の手伝いは当然だ」
村人たちも頷き、温かい言葉を掛けてくれた。フィリスは少し照れくさそうに、でも誇らしげに村人たちを見ていた。
昼食後、作業は再開された。午後になると、トムとマリィをはじめとする子供たちも手伝いに来た。彼らは小さな手で釘を運んだり、大人たちに水を届けたりと、自分たちなりに協力した。コルも子供たちに混ざって、尾を振りながら元気に走り回っていた。
作業中、マカラから昔の家づくりの話を聞いたり、ドリアンの若い頃の武勇伝に笑ったりしながら、時間はあっという間に過ぎていった。労働の合間の会話と笑い声が、作業をさらに楽しいものにしていた。
夕方近くになり、最後の屋根板が取り付けられると、マカラは満足げに手を叩いた。「よし、これで完成だ!」
村人たちから歓声が上がった。完成した屋根は、以前よりもはるかに頑丈で美しく、家全体の印象を明るくしていた。
「これで雨の日も安心して眠れるね」ライルは安堵の表情で言った。
村人たちが道具を片付け始めたとき、空が再び曇り始め、小雨がぱらつき始めた。
「おや、ちょうど良い雨になったな」ガルド村長は空を見上げて言った。「これで屋根の出来栄えがすぐに試せるぞ」
皆が屋根の下に集まり、雨音に耳を澄ませた。数分経っても、家の中に雨が落ちてくる音は一切しなかった。
「完璧だ!」マカラは自信満々に宣言した。
その瞬間、雨は本降りになった。激しい雨音が屋根全体を叩いたが、一滴も漏れることはなかった。
「本当に……漏れてない」ライルは感動した様子で言った。「これまで雨の日はいつも桶を何個も置いて過ごしていたから……」
フィリスも満足げな表情だった。「これで私の髪が雨に濡れる心配もなくなるわね」
コルは新しい屋根の下で安心したように伸びをし、くるりと丸くなった。
このまま皆が帰る流れになると思われたが、ドリアンが大きな声で「せっかくだから、屋根完成のお祝いをしよう!」と提案した。皆が賛同し、急遽、雨宿りを兼ねたささやかな宴が始まった。
ドリアンが持ってきた自家製のお酒が振る舞われ、女性たちは家にあった食材で即席の料理を作り始めた。子供たちはコルと遊び、家中に笑い声が響いた。
雨の音をバックに、温かな宴が続く中、ライルはふと、この家が本当に「自分の家」になったことを実感した。王都から追放された時には想像もできなかった、安心感と帰属意識。それは単に屋根が直ったという物理的な安心だけでなく、村の一員として受け入れられているという心の安らぎだった。
「何を考えてるの?」フィリスが隣に座り、小声で尋ねた。
「この家が……本当に僕たちの家になったなって」ライルは正直に答えた。
フィリスは珍しく優しい笑顔を見せた。「ええ、そうね。私たちの家……悪くない響きだわ」
宴は夜まで続き、雨も上がった頃、村人たちはそれぞれ帰路についた。最後まで残ったマカラは、明日また来て細かな補修をすると約束して去った。
静かになった家の中、ライル、フィリス、コルの三人は暖炉の前に座っていた。外は雨上がりの澄んだ空気で、星が瞬き始めていた。
「今夜は久しぶりに、雨の心配なく眠れるね」ライルは穏やかに言った。
フィリスは頷き、「人間って不思議ね。一つ屋根の下で暮らすだけで、こんなに安心感が生まれるなんて」と感想を述べた。
コルは既に眠りに落ち、暖炉の温かさで満足げに寝息を立てていた。
二人も疲れた体を休め、新しく頑丈になった屋根の下、安心して眠りについた。外では夜風が吹き、たまに木々が揺れる音がするだけの、静かで平和な夜だった。