第2話「畑仕事の充実」
早朝の柔らかな光が村を包み込むころ、ライルは既に畑に立っていた。《天恵の地》のスキルにより、彼の畑は見違えるほど豊かな実りを見せていた。トマトの赤、なすの紫、とうもろこしの黄色が鮮やかに色づき始め、まるで色とりどりの宝石が大地に埋め込まれたかのようだった。
ライルが手をかざすと、指先から緑の光が広がり、畝の間を縫うように地中へと浸透していった。
《天恵の地》発動中:土壌活性化モード
【畑】:作物成長速度+35%、病害耐性+25%、収穫量+20%
ログが表示されると同時に、野菜たちがわずかに身を震わせ、さらに生き生きとした表情を見せた。ライルは満足げに微笑むと、腰を下ろして丁寧に雑草を抜き始めた。
「おはよう、ライル。今日も早いのね」
振り返ると、メリアが薬草のかごを持って立っていた。彼女の隣には数人の村人がいて、興味深そうにライルの畑を眺めていた。
「みなさん、おはよう」ライルは立ち上がって挨拶した。「何かあったの?」
「実はね」メリアが笑顔で言った。「この人たちが、あなたの農業技術を教えてほしいって言ってるのよ」
彼らは村の若い農夫たちだった。神域認定以来、ライルの畑が特別な実りを見せていることに、皆が注目するようになっていた。
「もちろん、喜んで」ライルは少し照れくさそうに答えた。
村人たちの顔が明るくなった。「本当ですか? ありがとうございます!」
ライルは彼らを畑の中に招き入れ、自分がこれまで試してきた植え方や水やりの工夫、害虫対策などを説明し始めた。彼のアドバイスは《天恵の地》のスキルに頼るだけでなく、日々の細やかな観察から得た実践的な知恵に溢れていた。
「この野菜たちは、ただ育てるだけじゃなくて、声をかけることも大切なんです。生き物だから、愛情を感じるんですよ」
そう言って野菜に優しく触れるライルの姿に、村人たちは感心した様子で見入っていた。
指導が一段落すると、ライルは今日の収穫を村人たちに手伝ってもらうことにした。皆で力を合わせて熟れた野菜を丁寧に摘み取っていく。作業の間、彼らの質問に答えながら、ライルは農業の喜びを伝えていった。
「ライル!」
元気な声が聞こえ、振り返るとフィリスが走ってくるのが見えた。彼女の後ろをコルが楽しそうに駆け回っている。
「フィリス、おはよう」ライルが笑顔で答えると、村人たちも彼女に丁寧に挨拶した。
「もう、起きたら二人とも居なくて心配したのよ」フィリスは少し不満そうに言ったが、すぐに畑の実りに目を輝かせた。「わあ、これ全部今日の収穫? すごいわね!」
彼女は即座に赤く熟れたトマトを手に取り、その場で一口かじった。「んんん! 甘い! これはおいしいわ!」
フィリスの素直な反応に、村人たちは微笑んだ。神様とは思えない、食いしん坊な一面に親近感が湧いたようだった。
「ライルの野菜は格別ですよね」メリアが言うと、フィリスは誇らしげに胸を張った。
「当然よ! 私の神域で、私の契約者が育てたんだから!」
彼女は次々と様々な野菜を味見していき、その度に「これもおいしい!」「こっちは甘酸っぱくて最高!」と大げさなリアクションを見せた。すぐに彼女の両手には味見した野菜が山のように積まれていた。
「フィリス、そんなに食べたら、お腹を壊すよ」ライルが心配そうに言うと、彼女は少し恥ずかしそうに笑った。
「大丈夫よ、私は神様なんだから」
そう言いながらも、フィリスの頬には野菜の汁がついていて、神様らしからぬ愛らしい姿に村人たちは笑みを浮かべた。コルも野菜の香りに誘われたのか、興味深そうに鼻を鳴らしていた。
午前の作業が終わり、収穫した野菜を村の各家庭に分ける時間になった。ライルが村人たちと野菜を仕分けていると、突然、畑の外れから驚きの声が上がった。
「ライルさん! こっちに来てください!」
ライルが駆け寄ると、若い農夫のオリバーが畑の隅を指さしていた。そこには、まったく新しい種類の野菜が育っていた。紫と白の縞模様が美しい、奇妙な形の実だった。
「これは……何の野菜ですか?」オリバーが不思議そうに尋ねた。
ライルも初めて見る野菜に驚いた。「ぼくも知らないよ。勝手に生えてきたみたいだ」
フィリスが覗き込んだ。「あら、これは古代野菜の一種ね。『星の実』って呼ばれてたわ。すごく栄養価が高くて、昔は神殿で栽培されていたのよ」
「フィリス、知ってたの?」
「ええ、でも何百年も見ていなかったわ。《天恵の地》と神域の力が合わさって、眠っていた種が目覚めたのかもしれないわね」
ライルは慎重に一つの実を収穫した。切り分けてみると、中は星型の模様になっており、その美しさに皆が感嘆の声を上げた。フィリスはすかさず一片を口に入れた。
「美味しい! でも……少し不思議な味ね。甘くて、でもスパイシーで……言葉では表現できないわ」
ライルも一口食べてみると、確かに今までに味わったことのない風味だった。温かさが体の中心から広がり、疲れが取れていくような感覚すら覚えた。
《天恵の地》が反応しました。
未知の作物「星の実」が発見されました。
【効果】:活力回復+30%、精神安定+25%
新たな栽培技術を獲得:【希少種育成】
その日の夕方、ライルたちは収穫した野菜と新たに発見した「星の実」を使って、村の広場で料理会を開くことになった。ドリアンが鍛冶場から大きな鍋を持ち出し、メリアが薬草の調味料を用意し、村人たちがそれぞれの家から調理道具を持ち寄った。
ライルが野菜スープと星の実のソテーを作る様子を、村人たちは熱心に見学していた。フィリスも張り切って手伝おうとしたが、昨日の失敗もあり、今日は主に味見係を担当することになった。
「この調理法を覚えておくといいわ」フィリスは神妙な顔で言った。「星の実は特別な野菜だから、正しく調理することで効果が最大限に発揮されるの」
彼女が語る間、コルは子供たちと遊びながらも、時折料理の様子を気にするようにこちらを見ていた。
料理が完成し、村人全員で分け合って食べると、その美味しさに歓声が上がった。特に星の実を使った料理は、食べた人の顔に自然と笑みがこぼれるような不思議な効果があるようだった。
「体が軽くなる感じがするわ」「疲れが取れていくみたい」と村人たちは驚きの声を上げた。
ガルド村長は満足げな表情でライルに言った。「君のおかげで、村の農業が変わりつつあるよ。これからも指導をお願いしたい」
「喜んで」ライルは笑顔で答えた。「僕も村のみんなから学ぶことがたくさんあります」
星が輝き始めた夜空の下、村人たちとの食事会は和やかに続いた。フィリスは星の実についての古い伝説を語り、コルは満腹になって子供たちの膝の上で丸くなって眠っていた。
帰り道、三人は満天の星空を眺めながら歩いた。
「今日はいい一日だったね」ライルが言うと、フィリスは静かに頷いた。
「ええ。私の神域が少しずつ本来の姿を取り戻しているわ。星の実もその一つ……きっとこれからも、眠っていた恵みが目覚めていくはずよ」
コルは眠たそうに二人の間を歩き、時折あくびをしていた。その姿を見て、ライルとフィリスは笑顔を交わした。
シンプルながらも充実した一日が終わり、三人は星明かりに照らされながら、小さな家路についた。明日もまた、新たな発見と喜びが待っているかもしれない。その期待を胸に、彼らは静かな夜の村を歩いていった。