第14話「料理と交流の始まり」
メリアとの森での出会いから数日が経ち、ライルの家では朝からにぎやかな声が響いていた。
「この葉はミントというのか。香りが素晴らしいな」
フィリスがテーブルに広げられた様々な薬草を一つずつ手に取り、匂いを確かめている。メリアが持ってきた薬草のコレクションだった。
「ええ、お茶にしても美味しいし、料理の香り付けにも使えるのよ」
メリアは微笑みながら説明した。森での出来事以来、彼女は頻繁にライルの家を訪れるようになり、フィリスとコルの秘密を守りながら、彼らの村での生活をサポートしていた。
コルはテーブルの下で丸くなり、時折顔を上げては会話を聞いているようだった。その様子に、メリアは思わず微笑む。
「コルはいつ見ても可愛いわね」
ライルは窓際で、朝の畑を見つめていた。《天恵の地》の効果で、野菜たちは驚くほど速く育っている。
「ライルさん、そろそろ収穫できる野菜もあるんじゃないかしら?」
メリアの言葉に、ライルは頷いた。
「うん、特にレタスとラディッシュはもう食べられそうだ。それに、野生化していたハーブも育ってきたよ」
フィリスが興味深そうに話に加わった。
「ライルの畑の野菜は、私の力と《天恵の地》の相乗効果だからね。絶対に美味しいに決まってるわ」
「それなら……」メリアが目を輝かせた。「村の人たちに振る舞ってみるのはどうかしら?」
「村の人たちに?」
「ええ。ライルさんの栽培した野菜で料理を作って、みんなに食べてもらうの。それが村に溶け込むいい機会になるわ」
ライルは少し考え込んだ。確かに、まだ村での交流は限られていた。ガルド村長や数人の村人とは会話を交わすようになったが、多くの人とはまだよそよそしい関係だった。
「いいアイデアだね。でも、どんな料理がいいかな?」
「シンプルで、みんなが喜びそうなもの……」メリアが考える間、フィリスが突然立ち上がった。
「ねえ、鍋ってどうかしら?」フィリスは目を輝かせて提案した。
「鍋?」
「そうよ! ライルが作ってくれる野菜のシチュー、私、すごく大好きなんだから!」フィリスは両手を胸の前で組み、幸せそうな表情で言った。「あの温かさと、野菜の甘みが溶け出した味は、きっと皆も喜ぶはずだわ」
メリアが手を叩いた。
「素晴らしいアイデアよ! この村では『鍋会』という習慣があるの。皆で持ち寄りで鍋を囲む集まりで、特に寒い季節に人気なんだけど、新鮮な野菜があれば季節外れでも喜ばれるわ」
ライルも笑顔になった。
「それなら、早速準備を始めよう。まずは収穫からだね」
四人は畑に出た。朝露がまだ残る野菜たちが、太陽の光を受けて輝いている。ライルがレタスの状態を確認していると、メリアが驚いた声を上げた。
「これ、普通のレタスより大きいわ! それに、葉の色も鮮やかね」
確かに、ライルの畑のレタスは普通の1.5倍ほどの大きさで、葉は濃い緑色をしていた。
「《天恵の地》のおかげだ」ライルは少し照れながら言った。「でも、味はどうかな……」
一枚の葉を千切って口に入れると、驚くほど甘みがあり、みずみずしさが口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
メリアも試食して目を見開いた。
「これは特別よ! こんなレタス、市場でも高値がつくわ」
フィリスは地面に手を当て、目を閉じていた。
「畑全体に地脈のエネルギーが行き渡っているわ。ライルのスキルがさらに成長しているようね。さすが私の契約者だわ」
実際、ライルも最近、スキルの効果が強まっていることを感じていた。視界に浮かぶログにも変化があった。
《天恵の地》熟練度が上昇しました。
地脈との同調率:25%(+10%)
【対象範囲】:半径10m(+5m)
新効果:作物栄養価+15%
収穫を続けていると、コルが突然耳をピンと立てた。村の方から子どもたちの声が聞こえてきた。
「トムとマリィかな?」
確かに、道を歩いてくる子どもたちの姿が見えた。コルはすぐに身を隠そうとしたが、メリアが静かに声をかけた。
「大丈夫よ、コル。あの子たちは秘密を守れるわ。それに、『銀の守り手』としてなら、村では既に噂になっているし」
ライルとフィリスは視線を交わし、頷いた。子どもたちが近づいてくると、ライルは手を振った。
「おはよう、トム、マリィ」
「ライルさん、おはよう!」トムが元気よく答えた。「メリアさんもいる!」
マリィは少し恥ずかしそうに笑顔を見せた。そして、彼女の目がコルに止まった瞬間、大きく見開かれた。
「あっ! 銀色の……」
「シーッ」メリアが優しく指を唇に当てた。「これは秘密よ」
子どもたちは興奮した様子で頷いた。ライルは二人に近づき、小さな声で説明した。
「これはコル、僕の大切な友達だよ。でも、村のみんなには言わないでね」
「約束する!」トムが胸を張った。「僕たち、秘密を守れるよ」
マリィはコルに近づきたそうに足踏みしていた。フィリスが優しく頷くと、コルはゆっくりとマリィの方へ歩み寄った。
「さわっても……いい?」マリィの声は小さく震えていた。
コルは答える代わりに、自ら彼女の手に頭を擦り寄せた。マリィの顔に喜びの表情が広がる。
「もふもふ……」彼女はうっとりとした声でつぶやいた。
トムも興味津々でコルに手を伸ばし、すぐに二人の子どもたちとコルの間には不思議な親密さが生まれた。コルは嬉しそうに二人の周りを走り回り、時には小さなジャンプをして見せた。
「コルも嬉しそうね」メリアが微笑んだ。「子どもたちと遊ぶのは初めてかしら」
「ああ」フィリスは懐かしそうに見つめていた。「神獣は子どもの純粋な心に惹かれるものよ。古来より神話にも記されているわ」
ライルはその様子を見ながら、鍋会の計画を更に具体的に考え始めた。
「トム、マリィ、聞いてほしいことがあるんだ」ライルが子どもたちに声をかけた。「村の人たちを招いて、鍋会をしようと思うんだけど、どう思う?」
「鍋会!?」トムの目が輝いた。「いいね! おいしいのが食べられるの?」
「ああ、この畑で採れた野菜で作るよ」
「やったー!」二人は手を叩いて喜んだ。
「それじゃあ、村のみんなに伝えてくれる? 三日後の夕方、僕の家の前で開くって」
「任せて!」トムはすぐに走り出そうとしたが、マリィがコルを撫でる手を離せない様子だった。
フィリスが微笑んで言った。
「コルはまた会いに来るから、約束するわ。神獣の約束は絶対だからね」
マリィは少し名残惜しそうにしながらも、頷いた。二人は急いで村へと走っていった。
「子どもたちにも協力してもらえて良かったわ」メリアは野菜籠を持ち上げた。「さあ、次は料理の計画を立てましょう」
家に戻ると、メリアは紙に鍋会の必要な材料や調味料のリストを書き始めた。ライルは収穫した野菜を洗い、フィリスは興味深そうに野菜を観察している。
「この鍋会では、フィリスさんはどう村の人たちに紹介すればいいかしら?」メリアが尋ねた。
「私のことなら親戚として紹介すれば問題ないでしょう」フィリスは答えた。「村長には既にそう説明してあるしね」
「それと、コルはどうする?」ライルが心配そうに言った。
三人は考え込んだ。コルを完全に隠しておくのは難しいかもしれない。特に子どもたちは既に知っているし、鍋会の最中にコルが姿を現す可能性もある。
「そうだわ」メリアが思いついた。「『銀の守り手』として、遠くから姿を見せるのはどうかしら。村の人たちは既にその存在を知っているし、神秘的な存在として受け入れられているわ」
ライルは頷いた。
「それなら不自然じゃないね。コルが時々姿を見せるのは、村にとって良い前兆とされているし」
計画が進む中、フィリスは突然立ち上がった。
「私も料理を手伝うわ!」
ライルとメリアは一瞬、困惑の表情を交わした。フィリスの料理の腕前は……まだまだ発展途上だった。
「あの、フィリスさん」メリアが優しく言った。「料理は難しいものですから、まずは基本から少しずつ……」
「心配しなくていいわよ」フィリスは自信満々に胸を張った。「私は神なんだから。少し練習すれば何でもできるもの。それに、料理の神髄は大地の恵みを引き出すことでしょう? それなら私にぴったりじゃない」
ライルは苦笑いしながらも、フィリスの熱意に負けた。
「分かった、一緒に練習しよう。鍋会までにできるようになるといいね」
そう言って、ライルは簡単な野菜の切り方をフィリスに教え始めた。フィリスは真剣な表情で包丁を握り、少し不器用ながらも一生懸命に野菜と向き合っていた。
メリアはその様子を見守りながら、リストを完成させた。
「これで準備はバッチリね。村の人たちも楽しみにしてくれるわ」
ライルは窓の外を見た。夕暮れが近づき、畑の向こうに村の家々が見える。これまで距離を感じていたその光景が、今は温かく感じられた。
「みんなと一緒に食事ができるなんて、楽しみだな」
フィリスは少し不器用に切った野菜を見せながら言った。
「私も楽しみよ。地の神としてね、村の人たちと仲良くなるのって、ちゃんと大事なことなんだから!」
コルもテーブルの下から顔を出し、嬉しそうに鳴いた。四人の心には、これから始まる村との交流への期待が膨らんでいた。