第6話「村の子どもたちとの交流」

 初夏の日差しが心地よく降り注ぐ午後、ライルは屋根修理を終えた家の前で一休みしていた。マカラとトビアスの助けを借りて東側の屋根が修理され、昨晩は久しぶりに雨漏りの心配なく眠ることができた。

「西側もいずれ直さないとな……」

 ライルがぼんやりと考えていると、遠くから子どもたちの声が聞こえてきた。視線をその方向に移すと、二人の子どもが走ってくるのが見えた。

「ライルさーん!」

 元気いっぱいの声とともに、最初に駆け寄ってきたのは男の子だった。トムという名前の9歳の少年で、茶色の髪に大きな茶色の瞳、いつも額に汚れがついている活発な子だ。彼の後ろからは、少し遅れて女の子がついてくる。マリィという7歳の少女で、トムの妹だ。ブロンドの髪を両サイドで結び、青い瞳の可愛らしい子どもだった。

「トム、マリィ、こんにちは」

 ライルが笑顔で応えると、二人は息を切らしながらも嬉しそうに近づいてきた。

「ライルさん、今日は何してるの?」
「畑とか、屋根とか、忙しい?」

 二人は同時に質問を投げかけてきた。トムは好奇心旺盛な目でライルの家を上から下まで見渡し、マリィはじっとライルの顔を見つめていた。

「今日は少し休憩中なんだ。屋根の修理が一段落したからね」

「すごい! 前よりずっとかっこよくなったね!」トムが屋根を指差して言った。

「見て、マリィ。新しい板がピカピカしてるよ」
「うん、綺麗になったね」マリィは少し照れ臭そうに小さな声で応えた。

 ライルは二人の素直な反応に心が温かくなった。

「屋根直してくれたのはマカラさんとトビアスさんだよ。僕はただ手伝っただけさ」
「でもライルさんも上に登ってたよね? かっこよかった!」

 トムの目はキラキラと輝いていた。どうやら彼らは遠くから屋根修理の様子を見ていたらしい。

「そういえば、二人は今日は何をしていたの?」

 ライルが尋ねると、トムはぴょんと飛び上がるように元気良く答えた。

「僕たちね、秘密の場所で遊んでたんだ! ライルさんも来る? 案内してあげるよ!」

「秘密の場所?」

「うん! 村から少し離れた森の中にあるんだ。僕たちだけの特別な場所なんだよ」

 マリィもうなずいて、小さな手でライルの袖を引っ張った。

「来て……見せたいの」

 その純粋な誘いを断る理由はなかった。今日の畑仕事はすでに朝のうちに終えていたし、屋根の残りの修理は明日からで良かった。

「いいよ、連れて行ってくれるかい?」

「やったー!」トムは喜びのあまり、その場でぐるぐると回った。「行こう行こう! 今すぐ行こう!」

 マリィはにっこりと笑顔を見せ、小さな手をライルに差し出した。ライルはその手を優しく握り、立ち上がった。

「じゃあ、案内してくれ。二人の秘密の場所、楽しみだな」

 ***

 村から少し離れた小道を、トムが先頭に立って歩いていく。マリィはライルの手をずっと握ったまま、時折、道端の花を指差しては「きれい」と囁いた。

「トムは探検が大好きなんだよね?」
「うん! 毎日新しいところ探すのが楽しいの! 僕が見つけた道だよ、これ」

 トムは自慢げに言った。彼は常に前を向いて歩き、時には小枝を拾って剣のように振り回す。冒険が大好きな活発な少年だった。

「マリィは? マリィは何が好きなの?」

 静かに歩いていた少女に尋ねると、少し考えてから答えた。

「お花……と、お歌……あと、お話」

「マリィはね、村一番の歌姫なんだよ!」トムが自慢気に言った。「お母さんも、マリィの歌声は妖精みたいだって褒めてるんだ」

 マリィは恥ずかしそうに顔を赤らめ、「うん……時々、森で歌うの……小鳥さんたちに」と小さな声で言った。

 道は次第に森の中へと入っていった。木々の間から差し込む日光が、地面に美しい光の模様を作り出している。空気は清々しく、鳥のさえずりや木の葉が風で揺れる音が心地よかった。

「あ、見て! リスだよ!」トムが突然立ち止まり、木の上を指差した。

 見上げると、小さな栗色のリスが木の枝の上で何かを食べていた。三人が見ていることに気づくと、リスは素早く身を翻して木の向こう側へ消えてしまった。

「リスはとっても臆病なんだ。でも時々、木の実をあげると食べに来てくれるよ」
「トムはリスと友達なの?」
「うん! 森の生き物は皆、友達!」

 トムの純真な笑顔に、ライルは心が和んだ。王都では決して味わえなかった、自然とともにある子どもの無邪気さだった。

「あと少しだよ!」トムが先を急ぐように言った。

 森の中をさらに進むと、木々が少し開けた小さな空き地に出た。そこには大きな倒木があり、その周りに石が円形に並べられている。小さな木の枝で作られた簡素な小屋のようなものもあった。

「ここが僕たちの秘密基地!」トムは誇らしげに宣言した。

「秘密基地……」ライルはその素朴な空間を見渡して微笑んだ。

「この石は僕が集めたんだ。この大きいのは、川から運んできたんだよ!」
「重かったでしょう?」
「うん! でも、秘密基地のためだから頑張ったんだ!」

 マリィは小屋の方へ歩いていき、中から小さな布袋を取り出した。

「これ……私の宝物」

 袋の中には、きれいな石や貝殻、色とりどりの鳥の羽、乾いた花などが入っていた。

「わあ、きれいなものをたくさん集めてるんだね」
「うん……森からの贈り物」

 マリィは一つ一つの宝物を大切そうに手のひらに載せ、その由来を静かに説明した。拾った場所や季節、特別な思い出が一つ一つの小さな宝物に込められていた。

 トムはというと、倒木の上に飛び乗り、そこから小屋の屋根まで飛び移ろうとしている。少し危なっかしいが、どうやら何度も練習しているらしく、慣れた様子で移動していた。

「ここから見る景色、最高なんだ!」

 トムに誘われ、ライルも小屋の屋根の上に登ってみた。そこからは森の木々の向こうに村の屋根が見え、さらにその先には遠い山並みが霞んで見えた。

「本当だ、素晴らしい景色だね」
「でしょ? 僕の特等席なんだ!」

 トムはライルの隣に座り、足をぶらぶらさせながら遠くを見つめた。マリィもゆっくりと二人の元に登ってきて、トムの反対側に座った。

 三人は暫くの間、ただ景色を眺め、森の音を聞いていた。風が心地よく頬を撫で、遠くからは小鳥の歌が聞こえてくる。平和な瞬間だった。

 ***

「ねえ、ライルさん」トムが突然言った。「銀色のもふもふ、見たことある?」

 ライルはその質問に少し驚いた。「銀色のもふもふ?」

「うん! 森の中で時々見かけるの。銀色の毛の子狼みたいな生き物」

「実は……見かけたことはあるよ。畑を耕している時に時々来るんだ」

「本当!?」トムは目を丸くして驚いた。「僕たちも何度か見たんだ! でも近づくとすぐに逃げちゃうんだよね」

「私たちが追いかけると……隠れちゃう」マリィが付け加えた。

「あの子、ライルさんのことを見守ってるみたいだよね」トムが言った。「村の大人たちは『銀の守り手』って呼んでるの知ってる?」

「ガルド村長から少し聞いたよ」

「伝説では、昔から村の周りに現れて、大切な人を守ってくれるんだって! ライルさんも守ってくれてるのかも!」

 トムの目は輝いていた。子どもながらに村の伝説に誇りを持っている様子が伝わってきた。

「それって本当なのかな?」

「うん、絶対そうだと思う! マリィも見たでしょ? ライルさんの家の近くにいるの」

 マリィはうなずいた。「うん……屋根の上も歩いてた」

「屋根の上? あ、修理の時か」ライルは思い出した。「確かにマカラさんたちと屋根を直している時、見に来てくれたんだ」

「やっぱり!」トムは興奮して飛び上がりそうになった。「ライルさんを守ってるんだよ! すごいね!」

「銀の守り手に選ばれるなんて」マリィが静かに言った。「特別な人……」

 そのコメントにライルは少し照れてしまった。「まあ、たまたまかもしれないよ」

「ううん、絶対に特別!」トムは譲らなかった。「僕、あの子にも友達になりたいんだ」

「私も……触ってみたい……もふもふ」マリィは小さく微笑んだ。

「そうだな、いつか近づける日が来るかもしれないね」

 ***

 夕方が近づき、空が少しずつ色づき始めた頃、三人は村へ戻る道を歩いていた。

「今日は楽しかったな。素敵な秘密基地を見せてくれてありがとう」
「また来てね! 次は川を案内するよ! 魚がいっぱいいるんだ!」
「楽しみにしているよ」

 村が見えてきた頃、トムが突然立ち止まり、低い声で言った。

「あ! 見て! あそこ!」

 ライルが視線を向けた先、村はずれの森の縁に、例の銀色の子狼が立っていた。夕日に照らされた銀色の毛並みが美しく輝いていた。

「わぁ……」マリィがため息をついた。

「動かないで」ライルは優しく二人に言った。「驚かせないようにね」

 三人はその場に静かに立ち、子狼を見つめた。子狼も彼らを見つめ返していた。特にライルの目をじっと見ていたように思えた。

 しばらくの間、お互いに動かない時間が流れた。そして子狼はゆっくりと頭を下げるようなしぐさをし、静かに森の中へと消えていった。

「今のは……挨拶してくれたのかな?」トムが興奮した声で言った。

「そうかもしれないね」

「ライルさん、すごいね! 銀の守り手と友達なんだ!」

 ライルは笑った。「友達かどうかはわからないけど、少なくとも敵じゃないみたいだね」

 マリィは黙ってライルの手を握り、小さく微笑んだ。「優しいんだね……あの子」

 村に戻るとトムとマリィの母親が二人を呼んでいた。

「トム! マリィ! もう夕食の時間よ!」
「はーい!」トムは返事をし、ライルの方を振り向いた。「明日も遊ぼうね!」
「ありがとう……楽しかった」マリィもお辞儀をした。

「こちらこそ、ありがとう。また遊ぼうね」

 二人が家に駆け込む姿を見送りながら、ライルは心地よい疲れを感じていた。王都では決して味わえなかった、純粋な子どもたちとの交流。それは彼にとって新しい経験だった。

 家に戻る道すがら、ライルは村の様子をゆっくりと見渡した。家々から立ち上る夕食の煙、家畜小屋から聞こえる動物たちの鳴き声、畑から帰る農民たちの疲れた笑顔。

「ここは……悪くないな」

 ライルはそう呟いた。村での生活はまだ始まったばかりだったが、少しずつ馴染み始めているのを感じた。トムとマリィとの交流、村人たちの温かさ、そして銀色の子狼の存在。

 自分の家に戻り、修理した屋根を見上げると、ふと先ほどの子狼のことを思い出した。

「銀の守り手……か」

 ライルは微笑み、家の中に入った。小さな囲炉裏に火を起こし、シンプルな夕食を作りながら、今日一日の出来事を思い返した。子どもたちとの交流は、彼の心に小さな、しかし確かな灯りを灯したようだった。

「明日は何をしようかな」

 窓の外には満天の星空が広がり、遠くから聞こえる風の音が、優しく彼を眠りへと誘っていった。